銀木犀のくちづけ 「光くん、」 「あ、ども」 昼休みに、オサムちゃんから託されたというプリントを届けにきてくれた財前。ついでだからと謙也と3人で昼食をとっていると通り掛かったひとりの女子生徒が財前に声をかけた。隣のクラスの浅黄さんだ。部長が集まる会議で何度か顔を合わせている関係でたまに話をするような仲になった。…いや俺との関係は今はどうでもいい。気になるのは財前との関係だ。彼女は財前と部活も委員会も学年も違う、それなのに財前を名前で読んでいるし財前も軽い挨拶を返している。初めて見る光景に一体なにが起きているのかと思ったのは謙也も同じだったらしく俺たちはふたりして食べることを中断してその様子を見ていた。 「風邪、大丈夫やった?」 「1日休んだらすっかり元気っすわ」 「ほんまに?よかったあ…」 「…心配かけてすんません」 「もう出れるん?」 「あー…、大丈夫やと思います」 「なら安心やわ…、あっ、ご飯中にごめんな?」 「平気っす」 「ほなまたね」 白石くんたちも邪魔してごめんなー、と加えて颯爽と去っていった浅黄さん。短いながらも交わされたやり取りの雰囲気やその中での情報に俺と謙也は疑問符しか浮かんでこなかったのだが財前は特に気に止める様子もなくまた黙々と食事を再開した。いやいや。 「おま、風邪引いとったん?!」 「は?」 「っちゅーか浅黄さんと知り合いやったん?」 「はあ、まあ…」 「名前で呼ばれとったけどもしかして…!?」 「彼女やないですけど」 「せやけど結構仲良さげやったやんけ?!」 「謙也さんうるさい」 「謙也もうちょい静かに」 「いやいや白石も気になるやろ?!せやろ?!せやな?!」 「謙也さん黙ってくれます?」 「さっきより言い方がひどなった…!」 面倒くさいと言わんばかりの財前だけど謙也の言う通り気になる。とても気になる。だがしかし、だ。部活はもちろん部活外でもこうして行動を共にしていたにも関わらず財前が風邪を引いていたような気配は一切なかったし、なにより財前は1日休んだらと言っていた。それがどうだ、財前が体調不良を理由にして1日休んだなどここ最近ではなかった。そうなるともしかして風邪を引いたのは財前ではないのではというところまで考えを整理して俺は改めて聞いた。 「浅黄さんの後輩にあたる子が風邪を引いたん?」 「…ま、そっすね」 「なんや歯切れ悪いな」 「や、別に。浅黄さんの後輩が風邪引いたんすよ」 なんだろう、なにか隠しているような気がする。おそらく財前からしてみれば話すと面倒くさそうだからとかそんな理由なのかもしれないが、こちらからしてみればもどかしいことこの上ない。隣の謙也もやはり同じで、ただ先ほどの言葉が響いたのか落ち着いた声音で尚且つすごく真剣な顔で彼女なんか?とただ一言聞いた。これで財前が肯定でもしようものならまた騒ぎそうなのは気のせいではないだろう。 「彼女て、そんなわけ」 「ならなんやねん」 「…めんど」 「こら財前」 「すんません」 「で、浅黄さんとその後輩の子とはどういう関係なん?」 なぜそんなことを話さなければならないのか。それは言葉にしなかったもののはっきりと顔に出ていて謙也がなんでや!と騒ぐのでまた落ち着かせる。嫌なら無理に言わせる必要など無いのは分かっていてもここまで中途半端だと知りたくなるのが人間というものだろう。と言い訳にも似たことを思いながら財前?と言えば観念したのか財前は一つため息をついて驚かないでくださいよと呟く。 「…財前明」 「へ?」 「俺の双子の妹っすわ」 「は?」 「せやから、浅黄さんの後輩。財前明っちゅー俺の双子の妹なんすわ」 「…」 「…」 「財前の妹?!」 「しかも双子?!」 「…これやから言いたくなかったんすわ」 俺たちが財前に妹、それも双子であることを知らないのは分かっていたらしい。財前はさらに深いため息をついた。対する俺たちは動揺を隠せず。 「ざ、財前に妹…?」 「1年経ったのに知らんかった…」 「なんでや…なんで知らんかったんや…」 「あいつ目立つの嫌いっすからね」 「財前かて話に出さんかったやないか…」 「話してどないするんですか」 「いやほら金ちゃんとかとも…」 「俺を経由せんでもあのふたりはあのふたりで話しますし」 「…」 「…」 「なにがそんな不服なんすか」 それはそうだ。財前に妹がいたからどうということはない。俺にも謙也にも兄弟は居るのだ。財前にも居たっておかしいことはないだろう。そう、おかしいことはない、ただ今のいままで知らなかったというのはなかなか衝撃が大きい。友香里も翔太くんも一度は俺や謙也に用事があって会いに来たことがあって、尚且つふたりも同じ中学であり(自分で言うのもどうかと思うが)俺たち男子テニス部レギュラー陣は全国レベルで、そんな兄をもっているのだからそれなりに認知度はある。千歳のように転校してきたならともかく入学時から居る財前の妹か名前はおろかその存在すら認知度が低いのは目立つのが嫌だという理由だけで済むものなのか。悶々としている俺とどんな妹なのか知りたがる謙也に財前は再びため息をついてただ一言。 「卒業までには一回くらい会えるやろうからええやないですか」 一体なにを根拠に言っているのか。いや、きっと根拠などなくてこの話を切り上げたかったのだろう。財前はそれ以降、妹についてはなにも言及しなかった。 (前サイトの長編書き直したい願望) 2016/08/23 |