駆ける薄紅 「雨芽さんってクロさんと結構じゃれてますよね」 リエーフが休憩中に突然言った。その視線の先にはいつものように時折触れあいながら会話している雨芽とクロの姿。 「俺も早くエースになって雨芽さんとあんな風に仲良くしたいです…!」 「エースになったって無理だろうな」 「えッ?!」 近くにいた夜久くんがすかさず否定すればリエーフは驚いた。俺も夜久くんと同意見だ。と思うのと同時にリエーフは本当に雨芽を気に入っているんだなと思った。まあ、雨芽は好かれやすいタイプだし入部当初から才能を見込んで宮城へ行かないと言うほど基礎練に率先して付き合ってたから自然な流れではあると思う。 「なんでッスかー!」 「雨芽と黒尾の関係は特別だからだよ。なあ、研磨」 「………うん、幼馴染みっていうのもあるけど」 リエーフはなんスかそれー!と口を尖らせて不服を見せた。雨芽と俺はいとこで、クロは俺たちの幼馴染みで。ずっと一緒だから周りよりも繋がりが深いけど、雨芽とクロは同い年だから俺よりも、俺が知らないところで何か強く結ばれているみたいだしそもそも二人は何年も前からお互いに恋愛感情を抱いているわけだから夜久くんの言う通り特別だ。 「とにかく俺らはああはなれねーよ」 「納得いかねーッス!」 「つーかあんまり雨芽さんに引っ付いてるとクロさんぶちギレんぞ」 「?!」 「そういやそんなこともあったな…」 話を聞いてきたらしい虎がドリンク片手に警告をする。思い出されるのは引退した当時の3年生。やたらと雨芽を気に入っているひとが居て、遊びに来ては雨芽にちょっかいを出したり話し掛けたりとにかく後輩の様子見というのを理由に雨芽に頻繁に会いに来ていたことがある。勿論俺たちも雨芽自身も練習の邪魔で仕方なくて。しかも来るのは監督たちが会議とかで顔を出せない時間帯ばかり。対処に悩んでいた時、とうとうクロがぶちギレた。スパイク練習だと言って俺にトスを求めてきたかと思うとまるでストレス発散とでもいうようにかつてないほどの力で雨芽とその3年生の間にスパイクを打ち込んだ。ワンバウンドではあったものの壁が凹んでしまいそうなほどの音に誰もが驚いて体育館が静まり返った。 「さーせん、力み過ぎました」 「黒尾てめっ…」 「雨芽、怪我ねーか」 「あっ、うん大丈夫。ありがとう」 「昔の先輩ならこれくらい綺麗に返せたのにどうしたんですか?」 「っ、」 「身体なまるくらい受験で忙しいんなら明日からは来てもらわなくても平気ですよ、万が一怪我でもされたら俺らも困るし」 スッと雨芽を自分の背に隠すように3年生の前に立ったクロ。その横顔は髪でほとんど隠れていたもののいつにもなく怒気を含んだ低い声に守られている側の雨芽が戸惑ったように俺たちの方へどうすればいいのかこのままでいいのかと助けを求めるように目線を向けてきた。俺たちも俺たちで見たことのないクロの怒り具合に戸惑っていてとりあえずそのままでと静かにうなずいた。それ以来その3年生はおろか他の3年生も来なくなって、同時にクロを本気で怒らせると身体的に危ないこともよく理解した。 「それ知ってんのは俺らくらいだけどな」 「まあ俺たちも雨芽が嫌がるようなことはしないし、その辺り黒尾も分かってるとは思うけどな」 「…あっ!もしかして俺がGWにクロさんに言われてたのもそれッスかね!?」 「……なんのこと?」 なるほどー!と一人で豆電球光らせてるリエーフ。GW?と心当たりがない俺たちは疑問符を浮かべたのを見てリエーフがGWの合宿に行く前のことを話してくれた。 「リエーフ」 「はい!」 「お前に任務を与えよう」 「?」 「まずは、雨芽を守れ」 「???」 「俺らが居ないとなると無防備な雨芽には違う部の悪い虫が寄ってくる傾向が強い」 「バスケ部とかッスね!?」 「そうだ。で、もう一つ」 「ッス!」 「それでも近寄ってきた悪い虫の学年と名前、練習中断してメモしてでも覚えとけ。んで合宿終わったら俺に教えろ」 いいな?と念を押すように凄んできたクロが怖かったと当時を思い出したらしいリエーフが苦い顔をする。合宿直後に確かにリエーフがクロになにか渡しているのは見たけど、そういうことだったんだ。納得した反面でクロの保護者っぷりに夜久くんも虎も苦笑していた。 「でもそれで分かっただろ?黒尾は雨芽にべた惚れだってこと」 「そうッスけど…」 「…ちなみに雨芽にとってクロは支えだから、難易度高いよ」 「うっ……」 「おーいお前ら練習始めんぞー」 「〜〜っクロさんに負けねーッス!」 唐突な宣戦布告に話が読めないクロと隣にいた雨芽はふたり揃って目を丸くして顔を見合わせたかと思うと同じようにけらけら笑っていた。呆れたように笑いあう夜久くんと虎を追い掛けるように俺もコートへ戻る。 「…のんびりし過ぎてると危ないかもね、クロ」 2016/08/04 |