パラダイムシフト 「えみ、お前ももう喧嘩すんなよー」 「は?」 「だって俺もうお前のこと守れなくなるし」 なに言ってんだコイツ、ってその時は確かに思った。照島に守られなくたって全然ヘーキだし、そんな考えだったのにそれっきり喧嘩はしなくなった。照島の言葉がそうさせたのかもしれない、そう遠くない記憶なはずが明確な理由を覚えてない。最終的にはなんとなくだったのかもしれない。 「えみチャーン、久しぶり」 「……ああ、うん」 「なんだよクールぶっちゃってー」 喧嘩をしなくなってしばらくは過去にボロボロにした男子に幾度となくからかうように煽るように声をかけられた。こいつらドMかよとその顔を見るたびに最初にそう思った。男子たちはいつも一緒だった照島が隣にいないことに気づけば喧嘩したたのなんだのとにかく挑発だらけ。こんなにねちねちしてたっけ本当面倒くさいな、なんて思ったときの自分の冷め具合に軽く失笑しなから適当にあしらい続ければ捨て台詞のようなものを吐いてどこかへ行く。そんなのが日常化した時期もあった。 「えみってやれば出来んだな…」 「照島より頭良いんでぇ〜」 「うわムカつくー!つーか高校どこ行くんだよ、白鳥沢?」 「あんな超人とガリ勉の巣窟お断りデス」 「じゃあ条善寺行こうぜー!」 それまで日常茶飯事だった喧嘩もしなくなって、周りが受験モードに徐々に入り始めいつもつるんでた友達と学校外で遊ぶことも減って暇をもて余し始めた私は、他の受験生たちに紛れるように勉強をし始めた。元々勉強が全く出来なかったどころか喧嘩をするようになった原因が有るくらいには学力が上だった私が再び上位に食い込むのは時間の問題だったようであれよあれよと成績優秀な金髪の校則違反常習者とかいうわけがわからないイメージを周りに植え付け始めた頃、照島から条善寺へ行こうと誘われた。喧嘩という繋がりが無くても気心の知れた仲で、特に行くところも決めてなかった私は照島のその言葉に流されるように第一志望を条善寺にした。それを知った担任が複雑な顔をしていたように思う。容姿は校則をこれでもかというほど破っているものでその素行も当時の不良の中ではトップクラスの不名誉なものばかり、その反面で白鳥沢までとは行かずとも条善寺より上のところを十分に狙えるような学年上位に入る頭の良さを持っている。そんな両極端な特徴を持つ私の扱いに困っても不思議ではないはず。進路に関する面談では行きたいところに行くようにしかアドバイスは貰わなかった気がする、中身か無さすぎて記憶に残ってないけど。 「だからそこで使う公式違うって」 「わけわかんねー!!」 「はああ?」 「えみ顔怖えーしわけわかんねーしやめやめ!」 「照島ザコーい」 「んなっ!?」 同じ頃、私が条善寺に行くことを知った照島は嬉々として私に勉強を教えてほしいと求めてきた。一人で居るより何倍も楽しかったし一緒に行こうと誘ってきた張本人に不合格になられても困ると判断した私はすんなり受け入れた。不良が勉強している図が好奇の目にさらされるのは当然で、小声で私たちのことを話す様子は何度も横目で見てきた。煩く思ったけど相手にするのは馬鹿馬鹿しかったし、私が模試やら学力を示すもので上位に食い込めば自然と真面目だってことは浸透していき、それに加えて受験生は自分のことでどんどんいっぱいになっていって私たちが図書室に入り浸ることへの違和感も次第に薄れた。思い返すと変な図だったとは思うけど。 「ぅおおおっしゃーーー!!!!」 「照島おめでとー」 「えみはえみは!!???」 「勉強教えてたのは誰だと思ってんの」 「ってことは合格したんだよな!!!」 「はいはい合格しましたー」 「テンション低すぎじゃね!!?」 「照島がハイになりすぎてテンションあがんない」 クッソ寒いなか二人で合格発表を見に行ったのはまだ記憶に新しい。照島のテンションの高さに目を丸くしていた真面目そうな子たちの顔はバラエティでドッキリ食らった芸人並に面白かった、勿論笑ったのは心のなかでだけだけど。ただそのあとには必ずと言って良いほど私たちへの非難が聞こえてきて、チャラいのはもう見た目だけなんだよなーって内心思ってた。でも私も照島もこの見た目を改める気はなく。 「おおーーーっ!!えみすげーJKじゃん!!!」 「JKですぅー」 我ながらピカピカの1年生とは思えないほどJKらしさが滲み出しながらも入学式を迎えた。初々しさはやはり周りから見ても無かったらしく、お前新入生なの?!と言いたげな視線ばかり向けられた。そして代表挨拶の最中に耳に入った噂話では私が首席だったらしいけど見た目で次席に代表挨拶を任せたそうで、賢明な判断だったと賞賛の意味を込めて中学時代にしたことがあったかも分からない拍手をおくった。照島とはクラスが離れたことで必然的に携帯でのやり取りがメインになっていって、バレー部に入り充実した日々をスタートさせた頃には同じ階でも言葉を交わす機会はほぼなくなっていた。少しずつ私と照島が進む道はそれぞれの方向へ向かっていき始めたのだとしみじみ思った。 2016/07/15 |