断片 | ナノ

特殊ケース


「グリモア!」


山奥に逃げ込んだ。吸血鬼として目覚めようとしている。まぎらわすために、樹を殴っていた。そうすれば少しは衝動を抑えられるかと思って。だけど出来ない。衝動が強すぎる。これじゃあどれだけ血を吸ってしまうか分からない。そんなところに柔造はやってきた。


「くるな…っ」

「けど、お前、」

「だめだ、吸血衝動が、」

「なら俺の吸え!」

「出来ない!そうしたら!!」


柔造が死んでしまう。そう言って、思い出すのは最初のやり取り。柔造に言った言葉。


「あ゛、が、は…っ」

「…っ!?」


ずぶり、と腹を抉った。自我を失い吸血鬼になることを止める方法は、もうない。兄様ならなにか出来たかもしれないがそれも無理だ。ともなれば吸血鬼となり血を吸うか死ぬかしかない。それなら、死ぬしかなかった。誓ったから。ヒトを殺さないと。金造の側にいる代わりに、誓ったのだ。危害を加えるつもりではないことを信じてもらうために。それを破るわけには、いかない。だから自ら腹を抉った。だけどそれを見た柔造は目を丸くしている。どうしてだ。誓ったじゃないか、あのとき。柔造に、誓ったじゃないか。


「グリモア!」


柔造の後ろから金造の声が聞こえた。ああ、ずっと、ずっと聞きたかった声。


「きん……ぞ…」


ああ、声も満足に出ない。もう歌を聞かせてくれ、と頼むことも出来ないのか。そう思うとすごく物質界から消えたくなかった。今まで一度も思わなかった、ここに留まりたいなんて。だからあんな誓いをたてたのに。どうしたことだろう。


「金造あかん!」

「けど柔兄!」

「だめ…だ、ちかよ、な」

「…ッグリモア……!」


ヒュー、ヒューと喉が鳴る。ああ、もう。金造とお別れしなきゃいけないのか。胸が苦しい。不意に頬を雫が伝う。泣いてるんだ、と気付いたのは金造が目を丸くしたからだ。そして金造は柔造の静止も聞かないままに近寄ってくる。いけない、のに。駄目だと言わなきゃいけないのに、ヒュー、ヒューと空気しか出ない。


「グリモア、グリモア…っ」

「…っ……」


金造の名前を呼びたいのに、上手く話せなくて、紡げない。金造は強く抱き締めてくれる。思うように動かせないながらも、頑張って背中に手を回す。


「死ぬなや、死ぬな…!」

「、」

「まだなんもしとらんやろ!俺の好きな甘味処に行くんやろ!三味線弾くんやろ!グリモアの好きな団子屋行くんやろ!!なあ!!」


じわ、と視界が滲む。行きたくない、ここから離れたくない。意識を手放したくない。きっと自我を失って吸血鬼になることはないけど、その代わりにもう二度と金造の顔を見れなくなるような気がする。いやだ。いやだ、だけど、分かっていた。気持ちだけじゃ、止められることじゃない。ここを、離れなければならない。胸がずきずきと痛みを増す。柔造も、金造を追うようにやってきたみんなも、辛そうに顔を歪める。だけどそんな中で、ひとり、だけ、無表情で佇んでいた。


「…ぁ……」

「グリモア…?」


ああ、ごめんなさい、ひとつだけわがままを言わせてください、グリモアは、


「あっしゃ、ぁ、に、いた…ぃ、で、……す」




2013/04/07



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