■メフィアマ■

夏休み





ミンミンミンミンミンミン・・・・・

熱気しか入ってこない窓の外に視線を投げ,入道雲が鈍重な姿を現すのを眺めた。

「暑い」

パタパタパタ・・・・

体内から放出されない熱に,団扇を仰ぐ手も徐々に速度を増していく。
張り付く髪の毛がうざったかったが,何度直しても直ぐに張り付いてくるため,数回であきらめた。

「そうですか?」

涼しげな表情で弟が首を傾げた。
その両頬は真っ赤に腫れあがっている。

私はキッと眉を吊り上げた。

「お前な・・・誰のせいでこうなっていると思っているんだ」
「はぁ」

ピキッ

自分は関係ないかのような返事に,こめかみに血管が浮き出てくるのがわかった。

「僕は地の眷属ですから,熱にはそこまで弱くないです」

逆にアスタロトみたいなジメジメは嫌いです。ゴリゴリゴリ・・・・

暑くないといいつつゴリゴリ君をもの凄い速度で平らげている弟はまったくといっていいほど反省していないようだ。

チラリ,と天井を見上げる。

いつも涼しい冷気が送り込まれるその通気口には,今は見るも無残にガムテープがベタベタと貼ってある。

「はぁ・・・・」

イライラとため息を吐きながら,先ほどの出来事へ思考を巡らせた。



「今日も一段と暑いですからねぇ。皆さん,休暇中は体調に気をつけてくださいね☆」

ウインクをしながら修了式にて放った言葉。
念願の夏休みに黄色い声を上げている女生徒たちは皆,さようなら,と私に声をかけてから列車に乗り,帰省していく。
一般の教師たちも荷をまとめ,学園を出て行く。

「理事長も体調には気をつけてくださいね」
「ええ,ありがとうございます」

にっこりと笑ってやると,挨拶にきた目の前の若い女教師は頬を染めながら去っていった。

私に気があるのでしょうかねぇ。
さして気にも留めず,帽子をかぶり直す。

まぁ,ファウスト邸は冷暖房全て完備してありますからな。
床暖房も夏は冷水を通して,床冷房ですよ☆

などと心の中で呟きながら,弟が待つ執務室へ戻ろうと踵をかえす。
ガチャリ,とマイスイートホームを開けた瞬間。

「ぅおぁっ!?」

バタンッ

あまりの驚きに一度扉を閉めてしまう。

なんだ・・・??今,ものすごい熱気が・・・

キィ・・・

気のせいじゃない。もわっとする熱気が確実に室内から漏れてきている。

「な,んだ・・・これは・・・」

慌てて駆け出す。

「アマイモンっ!!」

バンッ!!!

大きな音を響かせながら執務室の扉を開く。

ズモモモモモモ・・・・

「え」

アマイモンは,いた。

「・・・あ,兄上。今日はちょっと暑いですね」

いたのだが,私の目はその手に握られている白いプラスチックに釘付けになった。

「お前・・・それは,なんだ」

ズモモモモモ・・・・

なんだ,この音は。

「え?あ,つい食べちゃいました。硬いものが齧りたくて」

ポイッと私の足元にそれを投げ捨てる。
かろうじて形を保っているそれは,紛れもなく,冷暖房のリモコンであった。
しかも壁に据付のタイプだ。

「この熱気の原因は・・・これか」

ズモモモモモモ・・・・

「だから,なんだこの音____っ」

ブッシャアアアアアァァッ!!!!

「あ」

弟の間の抜けた声と音の正体が私に攻撃をしかけるのはほぼ同じタイミングだった。

普段ならよけるなりなんなりできただろう。
しかし,こうも暑いと体が思い通りに動いてくれないようだ。
猛攻を真上からもろに受けた私はその場に押しつぶされる。

「なんで・・・・水が・・・しかも,あつっ!?」

そう。お湯が,降ってきたのだ。
冷暖房の通気口を伝って。

言うまでもなく,あたりはビシャビシャ。アマイモンにいたっては机の上に土足であがり,避難していた。

「僕は水が好きじゃありません」

プチンッ

「アアアアマイモンッ!!!!!!この愚弟がああああぁぁつ!!!」

少しだけ本気で弟をタコ殴りにし,ゴメンナサイといわせ,熱湯をかけてやった。

え,いやですな,ちょっとしたお茶目ではないですか。誰です,DVだなんていったの??お湯かけますよ??

その後,修理業者の手配を部下に指示したものの,すぐにこれる業者がいなかったようで,汗をだらだらとかいている部下も,途方にくれた。

原因は恐らく弟が入れたと思われる暖房機能。熱でイカれた装置から水が漏れたのだろう。

しかたないので,空調のメインスイッチを落とし,それでも熱気を吐き出す通気口にガムテープを貼って応急処置をしたのだった。

「はぁ」

思い出すだけでイライラする。
これは,熱を発散しないと死んでしまうな。

ん・・・?そうか。発散すればいいんだな。

「アマイモン」

「ハイ」

「こちらへこい」

団扇でクイッと手招く。

「・・・ハイ」

訝しい顔で近づいてきたアマイモンは,私の表情を見てハッとする。

「お前,暑くないんだろう?」
「は,い・・・・」

みるみる顔が赤くなっていく弟に嗜虐心が疼いた。

「なんだ,顔が赤いぞ」
「いえ・・・なんでもありません」

その泣きそうな表情が私を煽っているなどとは知らないのだろうな。

「暑い。熱を発散しないと,死にそうなほど,暑い」

唇をなめる。

「兄上・・・・?」

「お前で発散させろ」

「う、わっ…!?」

立ち上がり,デスクに弟を組み敷く。

「あ,にう・・」
「私の熱を,お前も感じればいい」

にやり,と笑ってやると,弟は眉根を寄せながら,うつむき加減に、小さくうなづいた。






後日。。。



「やっと・・・!やっと治ったな!」


空調の大切さを改めて認識する。

ピッ…

ひんやりとした冷気が室内に広がるのを感じながらうっとりと笑む。

「どうだ、お前も大切さを思い知ったろう??」

そう言いながら後ろを振り向くと、弟は通気口をじーっと見つめていた。

「いえ・・・汗を流して弱ってる兄上を見てるのも楽しかったので」

真顔で言う弟に目を丸くする。

もしかして、こいつ・・・わざと?

「兄上が思ってるよりも、僕は兄上が好きですよ??」

珍しく恥ずかしそうに笑うその表情に、怒る気も失せてしまった。

「というわけで」

「え」

ガリガリガリ…


「うおっちょ、おま、アマイモンッ!こぉんの愚弟がああぁぁぁぁっ!!」


邸宅に響き渡る声を聞くものは弟以外にはおらず。

まだまだ夏休みは始まったばかりだと心のなかだけで小さく笑った。




オワリ



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