■燐アマ■
対価
「ふあああぁ・・・・」
盛大なあくびをかみ殺すことなく,体の外に放出する。
授業中に凝り固まった体を伸ばしながら,空を仰ぐ。
「秋が本気出す前に冬が来ちゃってるよな」
今週はずっと寒い。
あんなにうざったかった入道雲はその鈍重な姿を見せることなく,今この空に広がるのは薄く平べったいうろこ雲だけ。
「____ん?」
異質な何かを感じ,そちらに視線を投げると。
「ぁ・・・いつ・・・」
一人の少年が,大きな木の枝に座りながらこちらをみていた。
手には食料をもっているのか,せっせと口に放り込んでいる。
もぐもぐと動かすその頬袋はパンパンに膨らんでおり,いまにも破裂しそうだ。
悪魔の王様,アマイモン。
その情報しか,俺は持ち合わせていない。
何でヤツがここにいるのか,とか,どうしてそんなに急いで食べてるのか,とか。
そんな疑問は浮かんだのだが。
動けない。
手足がまるで鎖にでも繋がれているかごとく,重い。
冷たい瞳をこちらに向けながら,ゴクリと口の中のものを飲み下した彼が,汚れた唇をなめる。
「・・・っ」
ざわり,と胸に奇妙な感覚が広がる。
小さな口が,妖しく光る。
大きな目が,俺を映す。
細い腰,白い肌。
そのどれもが,俺を誘っているようで。
ブンブンと首を振り,変な雑念を追い払う。
そしてもう一度彼を見ようと顔を向けたが。
「あ,れ・・・」
いない。
音もなく,消えてしまった。
キュ,と少し胸が苦しくなった気がする。
「奥村燐」
「ぅあっ!?」
後ろから声を掛けられ,慌てて振り返る。
こいつっ・・・いつの間に・・・
「何故,いつものように騒がないのです?」
「はっ?」
「キミはいつも騒いでる気がしたのですが」
感情の無い大きな瞳が俺を映す。
大げさなまでに首を傾げるその様はあまりにもかわいい。
「う,うるっせぇよ!!」
ちくしょう子犬みたいな顔しやがって。
頬が熱くなる。
「それともまた遊んで欲しいんですか」
無表情なその瞳がキラリと光った。
「っ・・・」
顔を背ける。
・・・なんなんだよこいつ。
手を伸ばせば触れられるほどの距離。
その悪魔を抱きしめたい衝動に駆られる。
なんなんだ,は俺か。
「テメェは,俺なんかで遊んで楽しいのかよ」
趣味ワリィぜ,と笑う。
自分で言っていて虚しいことこの上ないのだが。
「・・・・??はい,たのしーです」
少しだけ口角を上げ,悪魔が答える。
「奥村燐は,退屈しませんね」
ドキ・・・
・・・て,ちょ?え,なんだよ,ドキって!?
まてまてまてまて。
俺は祓魔師を目指してて,こいつは悪魔で,要するに敵で・・・
自分の感情に戸惑う。
なんで・・・こんなにドキドキしてんだ俺。
自分の感情をごまかすようにポケットへ手を突っ込む。
ガサリ,と何かが手に触れた。
音を立てながら懐から出てきたのは棒つきの飴。
すっかり忘れていたが,帰りながら食べようと思っていたものだ。
「・・・・・・・」
無表情に戻った悪魔がそれを見つめる。
「・・・欲しいのか?」
「・・・・・・・・」
無言。
「やる??」
差し出すと,悪魔の顔がわずかに変化する。
「・・・・・」
俺と飴を交互に見ながら,悪魔は首を捻る。
「なぜですか」
「は?」
「物質界では,物を貰うとき,対価を払うものだといわれました」
「?」
「そのためにお金も貰いました」
ゴソゴソとポケットをまさぐると,出てきたのは幼児向けアニメのキャラクターの顔型の財布。首から掛けられるタイプだ。
「・・・それどうしたんだ・・・?」
「もらいました」
「ちょ,誰に貰うんだよそんなの」
苦笑いしてしまう。
「だから,おかしいです。キミは対価を求めないんですか?」
ようやくこいつの言いたいことが理解できた。
悪魔は無償で人に物をあげるという行為を知らないようだ。
「対価,払いたいのかよ??」
「・・・?そういうものではないんですか?」
ふぅん。
よからぬ考えが脳裏をよぎる。
「じゃあさ,コレやるから対価払ってくれよ」
「はい,いくらで____」
その後の言葉が悪魔から発せられることはなかった。
俺がその柔らかい唇を塞いでしまったから。
甘い,半開きのその口腔を貪ろうと,舌を差し入れる。
しかし。
「___っ!?」
ガリッ・・・
「っ・・・いってぇ!!」
鋭い痛みを感じて慌てて唇を離す。
「なに,すんだ・・・・っよ!!!」
口の中に鉄の味が広がるのと,状況を理解したのはほぼ同時だった。
そう,噛み付かれたのだ。
「なにすんだはコッチのセリフですっ・・・」
いつもと違う声音に顔を上げると,悪魔の顔は耳まで真っ赤に染まっていた。
「お,まえ・・・」
「くそっ・・・お前なんて中途半端なくせに」
涙をにじませた顔で悔しそうに睨まれる。
途端に罪悪感が生まれてしまった。
「・・・・悪かったよ」
ポイッと飴を投げる。
パシッとソレを受け取ると,悪魔は飴を見つめたまま黙ってしまう。
「対価っつったろ」
「・・・?」
「飴の対価,お前の身体でもらったっていってんだよ」
まだ口の中がひりひりする。
だが,それとともに先ほどの甘い口が忘れられないでいる。
もう一度,味わいたい。
「また食い物欲しかったら,俺んとここいよ。いつでも対価と引き換えにやるよ」
これでも料理の腕は確かだぜ?
それだけ言い残して,俺はその場を立ち去る。
これ以上いたら本当に首を絞められそうだ。
苦笑い。
「・・・ま。くるわけねぇか」
心底憎い,っていう顔してたもんな。
自分の中に予期せぬ感情が芽生えたことをぐっと心の奥にしまいこむ。
口が寂しいな。
ポケットに手を突っ込むが,先ほどあげてしまった飴が最後だった。
甘いもん,くいてぇ。
あの唇のように,純粋に,甘いなにか。
そんなものがないことなどわかっている。
空を仰ぎ見ると,早くなった日暮れがどんどんと近づいてきていた。
「あーあ,なんか俺・・・何してんだろ」
グシャグシャと頭をかくと,俺は家路についた。
後日・・・・
「こんにちわ」
「ウオァッ!?」
朝,用を足していると,真横から声を掛けられた。
飛び上がったため、危うく目標をはずすところだった。
「え,あ,あちょ,まっ・・・」
出し始めたものを途中で止めることが出来ず,そのまま沈黙する。
「お,まえっなんでここに・・・てか、人がトイレしてんのに声かけるかよフツー」
いそいそとズボンを閉めると突然の訪問者へ向き直る。
現れたのは,先日俺をにらみつけた悪魔だった。
「対価」
「は?」
「対価,払いに」
「・・・・」
ぐぎゅるるるるるるぅぅ・・・・
「おなかがすきました,奥村燐」
俺は大きく目を開くと,悪魔を凝視する。
無表情を装ってはいるが,多少,頬が紅潮していた。
ふぅん。
「この前のと同じ対価じゃ足りないぜ??」
お前いっぱい食いそうだし,とニヤリと笑う。
「・・・・はい」
「そうだよな,いやだよな・・・て,え?!いいの?!」
「・・・?奥村燐が言ったんですが」
きょとんとする。
「・・・・」
「・・・・」
「わかったよ,作る。つくりゃあいいんだろっ」
直ぐにトイレを抜け出す。
顔が熱い。
どうしようもなく。
俺は一体あいつに何を求めてんだよ。
意識して考えてしまい,更に頬が熱くなるのを感じる。
「俺,何やってんだろ」
後ろからついてくる気配を感じ,相手が本気であることを理解した。
悪魔のくせに,生意気なやつ。
俺はいつの間にか緩んでる口を引き締め,厨房に向かった。
悪魔の腹を満たしてやるために。
お楽しみは,それからだ。
おわり
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