■藤アマ■
仕事
「ナツヤスミ!!」
「は?」
久々に顔を合わせた上司の弟がカタコトで叫ぶ。
しかもこちらに背を向けて座りながら。
俺の特等席,好きだよな。こいつ。
特等席とは,俺の寝室にあるふかふかソファだ。
前にメフィストとの賭けに勝って買わせたもの。
あいつ,普段の勝負事には弱いよな。
「なつやすみ!!」
「だから,なんだよ」
その小さな背中に問いかける。
何かを訴えたいようだが残念ながら俺には伝わってこない。
そして人に何かを言うときはちゃんと顔をみろって教わらなかったのだろうか。
夏休みがどうしたってんだよ。
「みんなが言ってました。夏休みだからたくさん遊べるんだって」
「ぇ」
ちらりとこちらを振り返ったその目は明らかな不満を訴えていた。
あ・・・そういうことね。
ボリボリと頭をかく。
「あのな・・・」
プーっと頬を膨らませている悪魔に目線を合わせるため,膝をつく。
「夏休みってのはだな,子供だけの特権なんだぜ」
「藤本は子供じゃないんですか」
「はっ!?どっからどうみても素敵な大人だろ!?」
いつもいつも子供みたいなことばっかりしてるじゃないですか,と鋭い視線が飛んでくる。
うわぁ・・・完全に拗ねてやがる。
どこの誰だよ,そんなこと吹き込んだの。
いや,わかっている。
こいつにこんなこと吹き込むのはあいつしかいない。
あんのクソピエロ。毎度毎度邪魔ばかりしやがって。
仕方がない,と息を吐く。
「なんだよ。どっかいきたいのかよ?」
低い声で囁いてやると,ビクッと華奢な体が跳ねた。
「ぅ・・・別,に・・・」
へぇ,良い反応するじゃねぇか。
徐々に赤くなる耳に顔を近づける。
「そんなに怒るなよ。休み中は仕事自体は少なくなるから・・・いつもよりは一緒にいられるぜ?」
吐息が触れるように,低音の声を出す。
「ぁ・・・ほんと,に・・・?」
横からチラリと見える表情は今にも泣き出しそうだ。
「ほんとだって。・・・な,機嫌・・・直せよ?」
ペロリ,と舌を差し入れる。
「ひぁっ・・・わ,わかり・・・ましたからっ・・・!!」
慌てたように俺の顔をぐいぐいと突っぱねる。
「いでででっおい,おま・・・ちょっとは,手加減しろよ」
さすがは八候王。
その細い腕からは想像だにできないほどの力をお持ちでいらっしゃるからやりにくい。
こいつが本気を出したら,俺なんか一瞬かもな。
メフィストや普通の悪魔ならいざ知らず。
惚れた相手をこの手にかけるなんて,俺には出来ないね。
一人,苦笑いする。
「何を笑ってるんですか」
手を離し,今度は俺の顔を覗き込むその目は少しだけ赤く,先ほどまで涙を溜めていたことが容易にわかった。
「お前・・・」
すっと手を伸ばし,片手で頬を包む。
くすぐったそうに目を細めるその顔を愛おしく思う俺はおかしいだろうか。
「悪い。また泣かせちまった」
「・・・なんの,ことですか」
「いや」
正直に言うはずがない。
俺なんかに。
少しだけ,胸の奥が締め付けられるような,苦しさが込み上げる。
所詮は,暇つぶしなんだろうけどな。
その寂しさを払拭するかのように,俺は笑う。
「泣くのはベッドの上だけにしろよ」
チュッ
軽く口付け,立ち上がりながら身を翻す。
ブンッ!!
「おっと」
思ったとおり,右からストレートが飛んできた。
「キミは,なにを・・・っ」
「ククク・・・顔が真っ赤だぜ,アマちゃん」
わなわなと震える悪魔はさらに顔を赤らめ,ギリッと歯軋りをする。
「あぁ,それか,うれし泣きならいいぜ。俺に会えて嬉しくて涙が〜とかなら大かんげ___」
一瞬で間合いをつめられる。
ドンッ!!!
「グフッ!?」
さすがの俺も,本気でタックルしてきた悪魔の速度に追いつけるはずもなく。
地面にたたきつけられ,うめき声を上げる。
「ぐ・・・おま・・・だから・・・手加げ___」
「・・・っ」
俺の台詞を遮るように,何かが覆いかぶさる。
え,なに,を・・・・
考える間もなく,暖かいその何かが口腔へ侵入してきたが,動くことができない。
「んっ・・・」
焦点を合わせた先には,トロンと潤んだ瞳を細めながら俺に湿った舌を差し入れる愛しい悪魔。
俺だって,久々に会ったから,我慢してたんだけどな。
そんな言葉が遠くに追いやられ,隠れていた欲望が頭をもたげる。
無理やり悪魔を顔から引き剥がし,じっと瞳を見つめる。
「・・・しらねぇぞ?」
その意味を悟ってだろう。
悪魔は下唇を噛みながら,口を開く。
「僕だって,キミをまってたんですよ・・・」
「馬鹿が。煽んな」
噛み付くほどの勢いで悪魔に口付ける。
その口腔の甘さを味わいながら,俺も,まぁ,愛されてるよな,と思いながら,本能の云うがまま,悪魔を乱すことに専念することにした。
オワリ
[ 2/9 ][*始] [終#]
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Bkmする