俺の従姉は、俺の血族らしく見目麗しい。
性格も、真面目で優しく、そして自分に厳しい。心から美しい女(ひと)とはこういう人をいうのだろう。
俺たちは、幼い頃から姉弟のように遊んでいた。
どちらの父母も忙しく、兵子が毎日のように使用人のいる俺の家に預けられていたからだ。
その頃から、兵子は幼子とは思えない程大人びていたと思う。
俺は、兵子が泣くところを見たことがなかった。
あの八歳のパーティーまでは。
その日は、とある財閥の息子の誕生日パーティーだったように思う。
俺も兵子も、家族と一緒にそのパーティーには招待されていた。
「景吾、ネクタイが曲がっている」
そういって小さな細い指で、俺のネクタイを兵子は直した。
パーティーの参加者達は、そんな俺たちを可愛いカップルだと笑う。
幼いながら、俺は自分や彼女の端正な容姿を理解し、そしてその容姿を武器にするくらいの頭も持っていた。
人付き合いに不器用な兵子と違い、俺は大人がどうすれば自分たちを称揚するかを幼いながらも知っていたのだ。
「ほら、母様たちの所にいこう」
「ああ」
この少女は自分のものなのだと、見せ付けるように俺は彼女のそばにいた。
「景吾は本当に兵ちゃんの事が好きねぇ」
「いっそのこと兵子と景吾君を婚約させましょうか!景吾君をうちに婿入りさせてちょうだい?」
「いや、そこは兵子ちゃんを嫁にくれよ」
「ぜっっっったいに兵子は嫁にやらん!」
白身魚と豆腐の白ワイン蒸しに夢中になっている兵子の隣で、俺は大人たちの会話に心躍った。
「おい、兵子!俺たちの婚約の話してるぞ!」
「…あれは酔っぱらいの冗談というものなのだ、本気にするだけ無駄だと思う」
今度は旬の葉野菜と豆乳のスープ仕立てに舌鼓を打ちながら、兵子は冷静に答える。
ただ、目線は兵子の周りに揃えられた豆腐料理に釘付けだったが。
「このスープの豆乳は、本当に最高級なのだぁ…」
「…なあ、俺たちはいつか…」
「でもこの黒胡麻豆腐の揚げ出しの出汁は、ちょっと甘すぎる…いや、上に九条細葱があるから…」
「おい!へーこ!!」
いつものことながら、豆腐に夢中になる兵子の意識をこちらに向けさせるのは大変だ。
ただ、豆腐のことを話している兵子は瞳を輝かせ、普段の大人びた表情とはまた違った…言うなれば年相応に見える顔をする。
いつも二歳の年の差にやきもきする俺としては、嫌いではない。
むしろ、可愛くて好きだった。
「…景吾うるさい」
「本当にお前は、豆腐のことになると…豆腐より好きなものなんてないんじゃねぇか?」
「そんなことない。家族とか…」
「まず人間と豆腐を同列におくなよ!」
「、あぁ。そうだった」
前もそう注意されたんだった、と兵子は呟いた。
兵子はたまに遠い目をして、まるでその先に憧憬するように瞳を光らせるときがある。
それもまた、兵子を遠くさせるようで。
年の差以上に、俺は兵子のその瞳が嫌いだった。
「景吾、兵子ちゃん!」
母親の呼ぶ声に答え、まだ豆腐に夢中になっている兵子の袖をひっぱりながらそちらに向かうと、今回の主催であろう男の人と、男女の子供がいた。
三人とも良く似ているので、おそらく親子であろう。
背格好も良く似ている子供は、こちらをみて驚いたように目を見開いた。
その瞳にうつっているのは、俺ではなく兵子だ。
そして、俺の隣にいる兵子もその子供を見たまま固まっていた。
・
・
「兵助」
男の子供の口からでた名前に、ぴくりと反応した隣の少女は。
「三郎!雷蔵!」
見たこともない顔で泣きながら、親が驚くのも気にせずにその二人の子供のほうへ駆けていった。
俺は二人に抱きついて泣く兵子を、ただ呆然としながら見る事しか出来なかった。
これが、それからことごとく、俺の兵子への恋慕の邪魔をする“鉢屋三郎”という男との初対面だった。
まさか、その二人が兵子を追って、氷帝に入学してくるとは。
このときはまだ、想像もしていなかった。
(兵子と付き合いたくば、私を倒してからにしてもらおう!)
(くそ!この狐が…!)
(三郎、景吾君。兵子聞いてないよ…)
(購買に新しく豆乳プリン売ってたのだ!)
□
三郎は跡部が面白くて仕方ない。
あ、跡部様が氷帝初等部に通っていないことは、スルーでお願いします…。
妄想バンザイ^q^^q^