dear partner 10
「いい加減、伊鈴ちゃんを放してくれないかな?」
「いやだ」
僕を腕の中におさめた久々知先輩に、精ちゃんはさっきから笑いながら怒っている。
それを宥めている弦ちゃんが精ちゃんに完全に無視されていて、すこし可哀想だ。
「おら、いい加減そいつを離せ。マネージャーの仕事があるだろうが」
「うるさい、あほ部」
「お・れ・は、跡部だ!」
「知ってる」
跡部先輩も、見かねたのか久々知先輩に注意するが、一掃されて終わりだった。
それにしても、久々知先輩がここまで素をみせる他人なんて珍しい。
あ、従姉なんだった。
「久々知先輩、僕たちはマネージャーとして合宿にきたんですから!お仕事しましょう!」
「…いすけ…」
「伊鈴ちゃん、だよ。久々知さん」
「…」
どうあっても、久々知先輩と精ちゃんは分かり合えないようだ。
にっこりと笑いあう二人の間には、火花が散っていた。
すでに氷帝の他の部員は、僕たちを気にしながらも練習に戻っていた。
立海のほうも着替えて合流するとの事だし、そうなればマネージャーの仕事をしなければならない。
跡部先輩も、疲れたように何度もため息をついているし。
「ね、久々知先輩。久々に一緒にお仕事しましょう?」
「…そうだな」
あ、女の人になってもやっぱり笑い方は変わらないんだ。
優しく微笑む久々知先輩に、なぜか跡部先輩は驚いたような顔をしていた。
すぐに着替えて合流するから、と精ちゃんや久々知先輩をコートに戻して、跡部先輩に久々知先輩と相部屋だという部屋に案内してもらう。
広い建物の間取りはきっと数日では覚えられないだろうから、と必要な部屋だけ分かりやすく案内してくれる跡部先輩は、やっぱり面倒見のいい人だ。
「ここが兵子とお前の部屋だ」
「ありがとうございます」
「…なあ、二郭」
「?はい」
じっと僕の顔を見つめて数秒、跡部先輩は真剣な顔で口を開いた。
「お前と兵子はなんなんだ?」
「え?」
「俺は、今まで兵子とは…姉弟のように育てられたが、あんなあいつの顔は…笑い方は見たこと無かった」
悔しそうに呟くこの男(ひと)は、きっと久々知先輩は好きなんだろう。
でも、久々知先輩はきっと…。
「私は昔、久々知先輩にとってもお世話になったんです」
「…昔から、兵子と一緒にいたがお前なんて見たことねぇ」
「先輩、久々知先輩とずっと一緒にいたからといって、知らない顔があるのは当たり前なんですよ。
人間って、一人ひとりに見せる顔は少しずつちがってるんですから」
「答えになってねぇじゃねーか」
「私と久々知先輩はなんなのかなんて、そんな抽象的な質問に答えられる程、私頭良くないので…関係から言ったら先輩後輩の仲ですけど」
でも、それは跡部先輩のほしい答えじゃないと思ったので。
そういって笑うと、跡部先輩は諦めたのか、僕の頭を撫でてコートで待ってると言い残して去っていった。
その後姿を見送ってから部屋に入ると、久々知先輩の荷物がおいてあるベッドの枕元には白いアレが。
変わっていない先輩の嗜好に、ほっとしたような残念なような複雑な気分にさせられた。
(好きなものって、やっぱり変わってないんですね先輩)
でもそれってやっぱり、僕が庄ちゃんを忘れていないように、久々知先輩もあの男性(ひと)を忘れていないんだろう。
あの男性(ひと)の隣で笑う久々知先輩を思い出して、跡部先輩の恋の多難さを思った。
(きっと、久々知先輩にとっても一生をかけた恋だったのだろう)
(僕と、庄ちゃんのように)
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跡部様の誕生月なので…もうとっくに過ぎてますが!オメデト跡部様(笑