dear partner
05
「じゃ、部室に行こうか」
「…は?」
HRも終えて、後は帰るだけという時に嵐はやってきた。
嵐…もとい、精ちゃんはいつものきらきらの笑顔を振りまきながら、隣には切原くんをつれて私の席の前に立った。
「伊鈴ちゃん、全然テニス部に来てくれないから…俺、ずっと待ってたのに」
「あ、ごめん…」
寂しげな微笑に、周りの女子がきゃあ、と小さく悲鳴を上げる。
その微笑がむしろ僕には恐ろしいんだけど。
行くと約束しながら、結局僕は今まで一度もテニス部に足を運んでいなかったのだ。
忘れていたわけではないんだけど、土井先生と会うのが楽しくて後回しになっていた。
「今日は来てくれるよね?」
「ご…ごめん。今日も用事が…」
「え?」
こ…こわい。
幼馴染として育ってきて、精ちゃんの恐ろしさは分かっているつもりだ。
弦ちゃんのように苛められる(ただ、それに弦ちゃんは気づいてはいないけど)事はなくても、そばでずっとソレを見てきたのだから。
精ちゃんの隣にいる切原くんも、必死に精ちゃんの恐ろしさを伝えようとしてくれている。
でも、切原くん。精ちゃんきっとそれに気がついてるよ…
「一緒にいくよね?」
「…はい」
「ぶちょー!早く部活行きましょーよ!」
引きつった笑いを浮かべながら、精ちゃんの手を引く切原くん。
出合って間もないはずの切原くんも精ちゃんの恐ろしさを分かっているとは…
ため息をついて、僕は放課後の土井先生とのお茶を諦めることにした。
立海大のテニス部は強い。
強豪校ということで、全国から立海大のテニス部に入部する為に人が集まってくることは知っていた。
だから部員が多いということも。
ただ、この人気は知らなかったな。
「コートの周りが女の子だらけなんだけど…」
「あれ、二郭知らねーの?テニス部にはレギュラー、準レギュのファンクラブまであるんだぜ?」
なにそれどんなアイドル?
自慢そうにテニス部のことを話してくれる切原くん。聞けば、切原くんも1年生ながら準レギュラーらしい。
どおりで、女の子の視線が痛いわけだ…。
「テニス部って、そんなに格好いい人がおおいんだ?」
「テニスもすっげー上手いし!ま、俺が全員倒してやるんだけど!」
「…精ちゃんのことも?」
「部長もいつか倒す!」
「僕、精ちゃんが倒されるところとか見たことないかもなぁ…」
「じゃあ、俺が部長と試合する時は絶対見とけよ!」
へへっと笑う切原くんは幼くてかわいい。
なんとなく、切原くんを好きになる女の子の気持ちが分かった気がした。
「うん、楽しみにしてるよ」
「ま、とりあえず部長の前に真田副ぶちょーだよな〜」
いっつも俺殴られてるんだけど…今日の朝も拳骨くらったし。そういって、切原くんは自分の頭を撫でた。
「弦ちゃんは自分にも他人にも厳しい人だから」
「…でもその副部長も部長には敵わないんだよな…」
「まあ、精ちゃんだからね」
「でも副部長、柳先輩にも敵わねーんだ」
聞けば立海3強の一人と言われているらしい。その人の名前は初耳だ。
「まあ…俺もテニス以外で部長と柳先輩に勝てる気がしないけど…」
「俺がどうかしたか?」
薄い笑いを浮かべる切原くんの後ろから、糸目の人が声をかける。
背の高いその人は、手に小さなノートを持っていた。
その人の姿に、切原くんは慌てたように首をふった。
「柳先輩!いえ、別になんにも話してないっス!なんにも!
えっと、コイツは部長の幼馴染の二郭っていうヤツで…」
「あ、初めまして」
「知っている。二郭伊鈴。幸村と真田の幼馴染で、クラスの学級委員長をしている。
乙女座のAB型。掃除が得意で、クラスの掃除を自主的にしている時がある。
担任の土井半助と仲がいいのはもともとの知り合いか?」
僕のプロフィールがその人…柳先輩の口からすらすらと出てきた。
平然としている切原くんをみると、いつものことらしい。
が、土井先生との関係まで知っているとはあなどれない。
「いえ、土井先生とは学級委員の仕事や学校のことを教えていただいているだけです」
「…めずらしいな、こういったことを話すとだいたいの人間が怒り出すんだが…」
怒ると知っていてなんで言うんだろう?
柳先輩は、やはり幸村の幼馴染か…と呟いて、切原くんに部活に戻るよう指示した。
「じゃ、二郭。ゆっくりテニス見学していけよ〜」
「じゃあな」
そういって、二人で戻っていく姿を見送っていると、ふと柳先輩が足を止めた。
「二郭」
「なんですか?」
「俺は今までお前の一人称は“私”だと思っていたんだが、“僕”という時もあるんだな」
そういって切原くんを追いかけていく柳先輩の後姿を、僕は呆然と見送った。
今までそんなミスをおかしたことがなかったのに。
(再会した旧友との会話は、着実に僕を伊助に戻していくんだ)
← □ →
今回はテニス
まったく口調が分からないよ…