*頂き物【文】* | ナノ



春雪の幸せ



俺、こんなに幸せでいいのかな。

毎日好きな娘に会えて、ラブラブして、仕事もそこそこ順調で。

もしかしたら今が人生で一番幸せな時なのかな。

だったら嫌かも。

だって俺、この先もずっと幸せでいたいんだ。

前の俺だったらこんな風に思わなかっただろうけど、今はもう無理。

美奈子に会ってから、変わっちゃったんだ。

好きな人と一緒に居る幸せを知っちゃったから、前みたいに思えない。

だから、どうやったらこの幸せが続くのか考えてみた。

色々考えたけど、答えは1つ。

暫く1人でいる事にした。

ほんの少しだけ。

今度会った時は、今までないってくらい幸せになりたいから。





【春雪の幸せ】





千歳空港から電車に乗って、俺は故郷の小樽にやってきた。

春だというのにまだ雪が残っていて、ヒヤっとした肌寒さを感じる。


(美奈子、心配してるかな)


コウには伝えたけど、美奈子にはここに来る事を言わずに来た。

理由は色々あるんだけど、1人でやらなきゃいけない事をやっとこうと思って。

小樽に来るのは高校の修学旅行以来で、その時も美奈子は一緒だった。

嫌って訳じゃないし、寧ろ一緒に居れて嬉しかったけど、今回は敢えて1人で来た。

美奈子には悪いけど、小樽に来る事を言ったら一緒に行くって言ってただろうし、来なかったとしても理由を聞かれるだろうから、そうなると俺にはちょっと都合が悪い訳で。

この先美奈子と一緒に居たいから、今は1人の時間がどうしても欲しかった。

小樽に着いた時は既に夕方で、ホテルとって外食して、初日はさっさと寝る事にした。

翌朝。ホテルの朝食を食べた後、目的の場所へ向かった。


両親の所だ。

俺って本当に親不孝で、気付けば何年も会いに行ってなかった。

コウの家に来た時はまだ子供だったし、親に会いたくても1人で来るには遠すぎた。

最後はコウとコウの両親と“家族”になる事に抵抗があったけど、美奈子に会ってからはそれも無くなって…。そうなってからはいつでも来れたのに、今度は本当の両親に会うのが怖くなった。

自信がなかったんだ。

どうしようもないロクデナシだったし、今の俺を見たら両親はどう思うのか、って。

それに、漸く家族になれたコウ達を裏切るような気がした。

でも、もう大丈夫。

自分の幸せを大事にしようって、今はそう思うから。





両親は小樽の街から少し離れた山の方に眠っていて、そこからは一面の海が広がって見えた。

設備が整ってるとは言い難いその場所は、水を汲む所が1つしかなくて、事前に持ってきた空のペットボトルに水を注ぐ。

両親を前にした時、ちょっと失敗したと思った。

久しぶりに会うのに、コンビニで買った線香とライター、ペットボトルしか持ってない。

せめて花かお菓子でも用意すれば良かったと思った。

何かないかとポケットの中を探すと飴ちゃんが1つ入ってて、それをまたポケットにしまうと、さっき注いだ水をかけながら胸の内で呟いた。


(全然会いに来なくて、ごめん)


こんな息子でごめん、と咄嗟に思わなかっただけ成長したのかもしれない。

そんな自分が嬉しいような、恥ずかしいような…そんな気がして少し笑った。

線香をたいて、さっき見付けた飴を申し訳程度に置くと、俺は両親の側に座った。


「俺、幸せだから心配しないで」


冷たい風が吹いて髪が揺れる。

家族3人で見る小樽の海が、やけにハッキリ見えた気がした。

ホテルに戻った途端、ロビーで見慣れた姿を見付けて思わず立ち止まった。


「ルカ!」


人目も気にせず、美奈子が泣きながら抱き付いてきた。


「美奈子、どうしてここに?」


「コウに聞いて……ルカごめんね!」


「え?」


「私、ルカに何か嫌な事しちゃったんだよね?だから黙って小樽に来たんでしょ?」


もしかして、勘違いさせちゃった?

確かに何も言わずに来たけど、まさかそれだけの為にここまで追い掛けてきたの?

だったら何も言わずに来たのは申し訳なかったかも。

胸がぎゅうっと締め付けられて、美奈子の小さな体を抱き締め返した。


「バカだな…美奈子の事こんなに大好きなのに」


「だって…」


「大丈夫。何があっても美奈子を嫌う事なんてないから」


その言葉に安心したのか、美奈子は流した涙を人差し指で拭って小さく頷いた。


「それにしても、随分思い切ったね」


美奈子だって仕事あるのに、まさか北海道まで来るなんて…。


「ルカに嫌われたと思ったから、私…」


思い出したようにまた泣き始めた美奈子の頭を、よしよしと撫でる。

こんなに想ってくれてるのに、俺って本当に馬鹿だと思う。身勝手な都合で美奈子を不安にさせて…。

それなのに嬉しいと思うのは、意地悪なのかな。


「せっかく来たんだし出掛けようか」


「うん」


美奈子の小さな荷物を部屋に置いて、俺達は小樽の街を楽しむ事にした。


外に出ると辺りは暗くなっていて、時間的にも夕飯を食べに行く事にした。


「何食べる?やっぱ蟹?」


「はは、蟹かぁ。何か懐かしいね」


「うん、俺コウと3人で食ったきりだ」


「だったら、コウ抜きじゃ駄目じゃない?」


「いや、蟹がいい。コウには後で送ればいいよ」


「そんなもんかな」


「寧ろコウは泣いて喜ぶ」


「泣きはしないと思うけど…」


そう苦笑いをする美奈子の手を握って歩く。北国の夜は春だという事を感じさせない寒さで、自然と握った手に力が入る。

すると何かに気付いた美奈子が、ぴたりと歩くのを止めた。


「ねぇ、ルカ。ここって運河じゃない?」


「そうかも…」


「ちょっと寄ってこうよ」


「うん」


美奈子とここに来たのはこれで2回目だ。

最初は修学旅行。あの時はまだ、美奈子への気持ちに気付いてなくて、ただ一緒に居るだけでいいと思ってた。

その気持ちが恋だって気付いてからも、一緒に居るだけでいいって気持ちは変わらない。

俺、本当に美奈子が好きだ。

今もこれ以上ないってくらい幸せだけど、この幸せはいつまで続くのかと思うと不安になる。

いつか壊れてしまうんじゃないかって…。

でも俺、我が儘だからずっと幸せでいたいんだ。


「綺麗だね…」


運河を見つめる美奈子の横顔が眩しくて目を細める。

───ずっと美奈子と一緒に居たい。唐突に思った。


「あのさ、美奈子…」


「ん?」


「美奈子に何も言わずに来たのは、色々思う事があったからなんだ…」


完全な自惚れかもしれないけど、もしかしたら1人でここに来るのは最後になるかもしれないと思った。

この先もずっと美奈子と居たいから、1人の時間を大事にしたかったんだ。


「上手く言えないけど、不安にさせてごめん…」


俺ってこんな不器用な奴だったったかな。四肢が震えて全身が心臓みたい。


「美奈子…」


震えた手で美奈子の手を握る。
真っ直ぐ見つめるのは慣れてないけど、もう絶対に逸らさないと決めたから。


「…結婚しよ?」


「え…」


言った後、頭の中が真っ白になった。

それでも確りと美奈子から目を逸らさない。

だって、プロポーズは今が一生で最後だから、ちゃんと美奈子を見てたいんだ。


「返事は…?」


ほら、逸らさずにいて良かった。美奈子の瞳がこんなにキラキラしてる。


「はい…私で良ければ」


美奈子の手を引いて、ぎゅっと抱き締める。

早鐘を打つ心臓が美奈子にも聞こえそうなくらい力いっぱい。


「一緒に幸せになろ?」


「うん…」


人前だって事を気にせず美奈子にキスをすると、また胸が締め付けられた。

傍にいるのに、もっと傍に…もっと近くにいたいと思うのは、おかしいのかな。

こんなに恋しい気持ち、言葉や態度じゃ到底伝わらない。


「美奈子…すげぇ可愛い」


「もう、何言ってんの?」


美奈子が恥ずかしがって抱き付いてきたから、俺も優しく抱き返す。


「ルカ、愛してるよ」


鼓膜が甘く痺れるような感覚がした。


──俺、本当に幸せだ


「俺も愛してるよ」


言った後、じわりと瞳の奥が熱くなって、抱く腕に力を込めた。

「ねぇ、ルカ…」


「ん?」


「お腹空いちゃった」


言われてみればそんな気がして、お腹を抑える。その途端ぐうぅとお腹が鳴った。


「俺もお腹空いちゃった」
「ははっ、じゃ行こっか」


「あ、ちょっと待って」


暫く外に居たせいで、すっかり冷えてしまった手を伸ばして美奈子の手を握る。


「よし、行こ」


そのまま自分のポケットに繋いだ手を突っ込んで、並んで歩き始めた。


「あ〜、暖かい」


「ルカは寒がりだもんね」


「そうだけど…でも寒すぎない?」


「確かにちょっと寒いかも…あっ」


ふと美奈子が空を見上げて、俺もつられるように上を見る。

ぱらぱらと白い物が降ってきて、空を見ながら2人で立ち止まった。


「ルカ、雪だよ」


「本当だ…」


どうりで寒い訳だ。

でも…綺麗だ。

時期が時期だけに桜が咲いてたら、もっと綺麗だったかも。


(春に降る雪か)


それもいいかもしれない。

本当は帰ってからプロポーズするつもりだった。

だから、指輪も何も用意してないけど、また1つ美奈子との思い出ができたんだ。

それが嬉しくて自然と笑みが零れた。


「ルカと一緒に見れて良かった…」


夜空を見上げながら美奈子が小さく呟いた。


「俺も…」


すぐ傍で美奈子がにこりと微笑んで、俺も愛しさに目を細める。

この先、美奈子以上に好きになれる人は、もう2度と現れない。

一生一緒に居るのは美奈子だけ。


「そろそろ行こうか」


「うん」


ポケットの中で握った手に力を込める。

まるで願い事を込めるように。


「──好きだよ、美奈子」


季節外れの雪の中、俺達は夜空の下を寄り添って歩いた。



【オマケ】



美奈子と一緒に帰る事にした俺は、空港の搭乗口で、ある事を思い出した。


「やばい…コウに蟹買うの忘れた」


「え!もう買い物する時間ないよ」


失敗した…。あの後美奈子と蟹を食べに行って、自慢気に写メ送っちゃったからな。

調子に乗って『コウにも送る』ってメールしちゃったし。

コウ、食い意地はってるから買ってないとキレるだろうな。


「まぁ…何とかなるよ」


だといいけど。───*・*・*


はばたき市に着いてコウにメールしたら、実家にいるって返事がきた。

これは家族揃って蟹を楽しみにしてる可能性がある。

とりあえず結婚の報告もあるからと、美奈子に付いて来てもらう事にした。


「ただいま」


「お、お邪魔します」


玄関を開けてリビングに入ると、コウがソファーに深く座ってテレビを見ていた。


「おう、帰ってきたか」


あ、この顔、絶対楽しみにしてる。


「なぁ、コウ…」


「あ?」


「実は…ないんだ…」


「何が?」


「その代わり、コウが喜んでくれる物買ってきた」


一方的に話を進めると、鞄から小さな紙袋を取出してコウに手渡した。

傍で美奈子が、ひやひやしながら様子を見てる。


「なんだ、これ…」


コウがガサガサと紙袋を開ける。
取出したのは、空港で買った蟹のストラップだった。
それを見たコウの顔が、ひくっと引きつる。


「てめぇ…こりゃ何のまねだ?」


「コウ蟹好きだろ?」


「食える蟹はな!」


「もう、我が儘だなぁ」


そう言って俺はポケットから取出した物をコウに渡す。
それは、俺と美奈子が蟹を食いに行った時に持ってきた、蟹の箸置きだった。

コウの眉間が寄って、蟹達が床に叩きつけられる。


「てめぇら、いい根性してんじゃねぇか!」


「コウ、俺達結婚するんだ」


「は?」


「ね、美奈子」


「う、うん」


さっきまで怒ってたコウは、少しだけ微笑んで「良かったじゃねぇか」と喜んでくれた。

その様子に一安心して、蟹の話題を逸らそうと思ったんだけど…


「それとこれとは別の話だけどな!」


「あ、やっぱり?もう床に落ちてる蟹ちゃんで我慢してよ」


「うるせぇ!」


俺はリビングの中を逃げ回って、コウが後ろから追い掛けてくる。

それを見ていた美奈子が「お菓子ならあるよ」と言って、コウが少しだけ反応したけど、やっぱ蟹じゃなきゃ駄目みたいだ。


その後もリビングに集まった両親に「蟹ないの!?」と残念がられた。

やっぱり期待してたんだ。


「みんな食い意地はってるなぁ…」


「てめぇにゃ言われたくねんだよ!」


家族全員に突っ込まれ、俺は肩をすくめる。

その様子を見て美奈子が笑う。

なんか、こういうのいいな。

これからは美奈子と一緒に、みんなで笑い合えるんだ。

今の状況を忘れて無意識に笑ってると、コウがまた怒って追い掛けてきた。


END


Apr.23のkirari様から相互記念に戴きました。
ルカバンでリクエストさせて戴いてのですが・・・キャ〜〜〜!!^^
私には到底書けない素敵で繊細な文章♪

そんな素敵なものを本当に戴いてしまってよかったのでしょうか!?←ドキドキ


kirari様、素敵な小説をありがとうございました!!


[ TOP ]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -