サクラソウ記念日 「今日何の日か覚えてる?」 キッチンから色違いのマグカップをトレイに乗せて運んできた美奈子に琉夏はそう問いかけた。 「今日?」 「うん、今日……あれ? 忘れちゃった?」 美奈子がお茶とお菓子を並べて、琉夏の前に座る。思い出そうにもとくに記念があった記憶はない。 「じゃあ、おやつ食べたら森林公園行こ? きっと思い出すよ?」 * * * 天気は快晴。 少し運動したら長袖では暑くなるだろう。 「ふふ、ここに来るのひさしぶりだね!!」 「あぁ……あっ、あったあった!! 美奈子、こっち来て!!」 「えっ、琉夏くん!?」 なにかを見付けたらしく走り出した琉夏。 一瞬、呆気に取られて後に美奈子は琉夏のあとを追う。パンプスを履いていた美奈子はやや走りにくそうに芝の上を走った。 * * * 春の陽気に誘われて走り回る子供たち。それを見守る親たち。 そんな沢山の人の中に紛れて尚、金髪の琉夏を捜すのは難しくなかった。 「……ふぅ……急にどうしたの?」 美奈子はしゃがみ込む琉夏の横に同じようにしゃがみ込み、何やら動かされてる手元を覗く。 「あぁ、美奈子のエッチ!!」 「これ、サクラソウ? ……あっ!」 「そう。思い出した? 今日は何の日? 正解は“高校生のとき、ここでサクラソウの指輪作った日”でした」 美奈子の頭の中に当時の思い出が甦る。 ―あの日も、今日みたいな快晴だった。自分の横に寝転がった彼が、上半身を少し起こしたような姿勢でサクラソウで作った指輪渡してくれた― 作られたばかりのサクラソウの指輪を手に、思い出に耽て微笑む美奈子を琉夏は愛しそうに見つめる。 * * * 「美奈子、なんか袋ない?」 「さっき寄ったコンビニの袋ならあるけど……」 何をしたいのかはわからないが、琉夏はサクラソウの指輪を幾つも作ってる。 「じゃ、それ貸して? 指輪入れるんだ」 美奈子は中に入っていたペットボトルやお菓子の箱を取り出すと、言われた通りに袋を差し出した。 琉夏はお菓子の箱にも目をつけ、中身を出すと箱の中に“サクラソウの指輪”を入れてから、箱ごと袋に仕舞った。 そんな光景を見つつ、美奈子は出されたお菓子を二つ三つだけその場に残して自分のバッグに仕舞った。 「箱に入れれば安心だからね」 お菓子の個装を破りながら琉夏はニッと笑う。 * * * 家に帰ってすぐに琉夏は指輪を取り出して、また何か始めたようだった。 「琉夏くん、手洗いとうがいしないとダメだよ?」 「平気。あとでするから」 「もう」 言っても聞かない。 諦めて出かける前に残した家事の続きを始めた美奈子を琉夏はそっと見て、また秘密の作業に戻る。 * * * 「美奈子、ちょっとこっちにおいで?」 取り込んだばかりの2人分の洗濯物を入れたカゴを窓際に置いた美奈子が、手招きする琉夏についていくと、リビングのテーブルに小さな箱が幾つも並べられていた。 「なにこれ? かわいいねぇ」 「でしょ? まぁ、こっちに座ってよ」 美奈子が言われた通りにソファに腰掛けると、琉夏もその隣に腰掛けた。 「この中から一つ選んで開けてみて」 「この中から? ……じゃあ、これ!!」 クリーム色の箱を指差す。 「はいはい……これは……」 琉夏は美奈子が指差した箱を手に取り、箱を開ける。 「“いつも、美味しいごはんありがとう”の指輪でした!!」 中には先程、琉夏が公園で作っていたサクラソウの指輪が一つ入っていた。 「この指輪はね、一つ一つに俺の気持ちが詰まってるんだ。ほら、次の選んで!! 早くしないと萎れちゃう!」 黄緑色の箱は『いつもカワイイ』 水色の箱は『ずっと一緒にいてね』 黄色い箱は『お勤めお疲れ様』 美奈子は次にピンク色の箱を選んだ。 「あっ、美奈子ちゃん大当たり!!」 「ふふ、当たりもあるの?」 「あるんだ。当たりはね……」 美奈子は箱の中を覗いてキョトンとした。 箱の中にこれまでのようなサクラソウの指輪がなかった。 「琉夏くん、これは……?」 「これはね……あとで婚約指輪入れるんだ。気持ちはね『結婚したい』って意味」 琉夏は真剣な瞳で美奈子をみつめる。美奈子も琉夏をみつめ返す。 ほんの数秒だったのか、すでに数分経ったのか……琉夏にとって、その沈黙はあまりに重く長く感じられた。 「……ダメ?」 絶えかねて、情けなくも返事を乞うて口を開いた。 琉夏の声に一瞬、ハッとしたような表情を浮かべた美奈子は、ゆっくりと口を開き、形の良い唇を動かせる。 「……ううん。ダメじゃないよ……。ふふ、なんか嬉しくて」 はにかむ美奈子の表情と声にピンと張り詰めた空気が緩む。同時に琉夏はだらりと力を抜いて背もたれに全身を預けた。 「よかった……すげー緊張した。せっかく勇気出したのに、オマエ黙ってるんだもん」 「ごめんね。急だったから、ちょっとびっくりしちゃって」 琉夏は改めて、先程の空のピンク色の箱を手に取った。 「だからさ、今度の休みにこの箱に入れる用の婚約指輪、買いに行こ?」 「ううん。その必要はないよ? 私ね……婚約指輪はこれでいいの」 琉夏に寄り添いながら美奈子は左手を天井に翳す。照明がその薬指を飾る銀色を照らす。 それはまだ、高校生の頃、琉夏が美奈子の誕生日に送った“サクラソウをモチーフにした可愛らしいシルバーリング” 美奈子は高校を卒業した日から、この指輪をずっと薬指にはめている。 「だって、それさ……高校生の俺がどうにかやりくりして買えたくらいのだよ? もっとちゃんとしたの買った方がよくない? 遠慮しなくていいんだ」 心配そうな琉夏に美奈子は微笑みながら首を振る。 「我慢とか遠慮じゃなくてね……これは琉夏くんが私のために選んでくれたものでしょ? 琉夏くんのたくさんの気持ちが詰まってる。この指輪はどんな高価な指輪よりずっと価値があるの」 ―それに、この指輪にはあの時からの私の気持ちも詰まってるんだよ?― 「……そっか、うん。わかった。じゃあ、改めて、その指輪貸して?」 美奈子はそっと指輪を外すと、それを琉夏の手の平に置いた。 琉夏が美奈子の左手を愛しそうに自分の手に取る。 サクラソウ記念日 「美奈子……俺と結婚してください」 「……はい」 END 〜あとがき〜 120000hitの匿名様に捧げます。 お待たせしました!! 遅くなってしまって申し訳ございません。 自分なりにリクエストのキーワードを組み込んでみたのですが、こんな感じでいかがでしょうか? 書いてて甘くなりすぎたのではないかとヒヤヒヤしましたw お気に召していだけましたら幸いです(*´ω`*) お待ち帰りは120000hit様のみでお願いします。
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