*捧げ物【文】* | ナノ



灯台下の恋人たち


砂を踏むたびにサクサクという音が2人分聞こえる。
穏やかに揺れる波の音より、大きなその音……しかし、そんな音も鼻を啜る音には負けた。

「琉夏くん、大丈夫?」
「平気……ズスッ……」

俺より、ちょっと前を舞う様に歩いていた美奈子が“鼻を啜る音”に反応して立ち止まり、振り返った。海風が彼女の柔らかな髪を揺らす。

もうすぐ、大嫌いな冬がくる。
美奈子と一緒に過ごすようになって、前よりは平気になったけど冷たい風が吹くとうんざりする。
まだ冬とは言えないけど、最近はずいぶんと冷たい風が吹くようになった。こうやって美奈子と海辺を散歩するのも好きだけど、しばらくお休みだな。

「だいぶ寒くなってきたね」

隣に並んだ美奈子がそう言って肩を竦める。

「そろそろ、コートも出しておかないとね」
「じゃあ、毛布も出さないと。朝、凍死してたら大変だからね」
「フフフ、大袈裟なんだから」

2人で結構遠くまで買い物に来た。
天気もよかったから、帰りは節約と健康を兼ねて散歩がてら歩くことにした。

「あ、琉夏くん見て? ほら、あれ……羽ヶ崎の灯台じゃない?」

*
*
*

丘の上に立つ大きな灯台まで手を繋いで歩く。
冷たい海風に煽られながら、砂浜を横断して長く緩い傾斜を昇りきった。

「たしか、この灯台にも伝説があるんだよね?」
「あぁ、人魚と人間だっけ? 悲しいやつ……それよりさ…」
「うん?」

「あそこからイイ匂い、してこない?」

灯台に向かって歩く間、常に視界に入ってきた……白い壁に青いカーブの屋根のこじんまりした建物。
今は俺たちの背後にあるその建物を指差す。

「コーヒー? 甘い匂いもする」

スンスンと詰まり気味の鼻から匂いを吸い込と入り込んでくるのは間違いなく甘い匂い。ケーキかもしれない。

「もしかして、あそこが『珊瑚礁』かな? 羽ヶ崎灯台にケーキの美味しい喫茶店があるって話なんだけど」

* * *

ドアのプレートに書かれた“珊瑚礁”の文字を確認して、恐る恐るといった感じにドアを開ける。さっきより強くコーヒーの匂いが鼻腔をくすぐった。

「いらっしゃいませ。お2人様ですか?」
「はい」

ふと、対応してくれた店員を見る……銀髪? そんな髪を後ろに撫で付けた若い男だった。オールバックなんだろうけど、見慣れたコウのそれとはずいぶん違う。外見もにこやかで強面ではないからだろう。

そんな、爽やか店員に案内されて、美奈子と2人で窓際の席に着いた。

当たり前だけど、高校生のときに美奈子とよく学校帰りに寄ってた喫茶店とは違う。
個人で経営してるのだろうか?

「オシャレなお店だね? 琉夏くん、なににする?」
「ホットケーキある?」
「フフ、ホットケーキはないみたい」
「そっか、残念」
「ホットケーキなら、またお家で作るから、ね? せっかくだし、今日はケーキ食べようよ」
「やった!!」

美奈子が苦笑しながらメニュー表を渡してくれた。

「私はチーズケーキと、この珊瑚礁ブレンド」
「そうだな……じゃあ、俺もそれ……?」

視線を感じて、メニュー表から顔を視線を上げる。
さっきの若い店員がこっちを見てた…ような気がした。俺と目が合うと、すぐに視線は離されたが、確かに俺らを…正しくは“俺を”見てた。自意識過剰とかじゃない。
こういう視線は長年の経験でわかる。もしかしたら、余多門の残党で俺に恨みを持ってる奴かもしれない……。

「琉夏くん、どうかした?」
「ん? なんでも? それより、お店の人呼ぼうか?」

でも、やっぱ気のせいだったのかもしれない。
俺を睨んでると思ってたさっきの店員は、にこやかに注文をとりに来た。余多連中にそんな芸は出来る訳ない。
他の客に対しても丁寧だし、物腰も穏やかだ。カイチョーみたいな感じ?

* * *

「お待たせしました。珊瑚礁ブレンドとチーズケーキになります」

―ドンっ―

奴がチーズケーキを強く俺の前に置いた。置いた衝撃でお皿に乗っていたフォークが落ちそうになる。

「あ、すみませ〜ん」
「……ああ、平気。こぼれてないし」

なんか薄っぺらい謝罪の後に今度は美奈子の前にチーズケーキを置いた。
今度はごく普通の丁寧な置き方だった……

さすがにコーヒーはそっと置いた後、奴(店員のことね)は戻っていった。

「あの店員さ……」
「感じいいよね〜」
「そう見える?」
「うん、カッコいい人だよね? 接客態度もいいし」

美奈子はあの表面に騙されてるんだ!!
目を覚まさせないと!!

「……う〜んとね、なんかさ、屈折してると思うんだよね? 男の勘ってやつ」
「屈折? あ、このケーキ美味しい」
「そう、屈折。あ、ホントだ美味い!」
「ね〜」

「ほら、美奈子口開けて? ア〜ンしてあげる」
「え〜、外ではダメ」
「じゃあ、家に帰ったらOK?」
「う〜ん、家に帰ったらOK」

―ガシャン!!―

屈折してると思われる店員がコップを落としてた。

「ただい……なに、今の音!?」

ガラスが大きな音を立てて落ちると直前に開いた入り口の扉。
慌てた顔で入ってきたのは柔らかそうな茶色い髪を肩で揃えた女の人だった。

どことなく、美奈子に似たその女の人はよく見るとこの店の店員らしい。
店内に居合わせた客に「驚かせて、すみません」とか言いながら、ジャケットを脱ぐと屈折した店員と似たようなエプロンと制服を着ていた。

屈折した店員が何やら怒られてる。

「なんだよ!? おまえがもっと早く戻ってれば、コップも割れなかったんだよ!!」
「えっ?」

反論してる。
がんばれ、女の店員さん!! あ、チョップされてる!

*
*
*

喫茶店を後にすると陽が傾き始めていた。
たぶん家に付く頃には暗くなる……このまま歩くのもいいけど、遅くなるといけないから急遽バスに乗った。
夕日の海沿いを走るバスに揺られながら、話題はさっきの店員。

「あのバリスタさん怒られてたね」
「俺、それ知ってる。砲撃するやつだ。バーンて」
「違います。コーヒー淹れる人です」

バスの窓から振り返っても、もう喫茶店は見えない。

「また、あの喫茶店行ってみようね? コーヒーもケーキも美味しかったし」
「屈折した店員がいるよ? あの人、なんか、俺に敵対心持ってるみたいなんだよね。オマエを狙ってるのかもしれない……」
「もう、またそんなこと言って……」

美奈子がふと宙を見つめて考える素振りをした。そして俺を見る。

「たぶん、あの2人恋人同士なんじゃないかな? 女の人が帰ってきたら、なんか雰囲気変わったし。これは女の勘ね」
「なるほどな。でもさ、やっぱり屈折してる件は譲れない」

台下の恋人たち


END

〜あとがき〜

リクエストになるべく沿おうと頑張りましたが……すみません。
私にはこれが限界です。

『2』はプレイしてないので、どうしても矛盾点やおかしな箇所等あると思いますが目を瞑っていただければ幸いです。

お持ち帰りは、113000番様のみでお願いします。

里夏

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