*捧げ物【文】* | ナノ



夢の国でつかまえて


半袖では肌寒く感じる秋の日曜日。
琥一と琉夏に誘われた美奈子は遊園地に遊びに来ていた。

こうやって三人で遊びに行くことは何度もあったけど、地元以外の遊園地に来るのは初めてのこと……。

天気は快晴で所々に雲が漂っているのが秋らしい。
美奈子がそんな風に空を見ていると遊園地には不釣合いな言い争いが耳に入ってきた。

「ふざけるなよ!? 最初に遊園地行こうって言ったの俺じゃん!」
「あぁ? 関係ねぇだろ。んなもん……」
「いいや、関係あるね!! だいたい、コウは……」

長身のリーゼントと金髪ロン毛の兄弟はただでさえ悪目立ちする。
その2人が口喧嘩を始めたのだから、周囲の客が怯えた様子になるのも無理はない。

「もう!! 2人とも喧嘩しちゃダメでしょ!!」

美奈子が慌てて仲裁に入ると、周囲は別の意味で驚いていたが、本人たちは気にも止めずにその場を後にしたのだった。

*
*
*

「もう……他のお客さんたち、怖がってたんだよ……」
「だってコウがさ……」
「そもそも、オマエが急に……」

場所は変わって“モノレール”乗り場前。
美奈子が止めれば一応は大人しくなるも、兄弟はすぐに言い争う姿勢を見せる。

「なんで喧嘩してたのか知らないけど、これ以上喧嘩するなら帰るよ?」
「……ゴメン。もう喧嘩しないから機嫌直して?」
「……チッ」

琉夏が頼み込み、琥一が不服そうに舌を打つ。
それを承諾と受け取って表情を和らげる美奈子。そんな彼女に2人は胸を撫で下ろす。

「あ、このままモノレール乗って、反対のエリア行ってみる?」
「私は賛成。コウちゃんは?」
「……あぁ。パスポートの元取らねぇとな」

* * *

「じゃ〜んけ〜ん…ポン!! あ〜いこ〜で〜……」

モノレールの列に並んでる途中、先程まで口論をしていた琥一と琉夏が今度は“じゃんけん”を始めていた。それは異様な光景だった。

「…………ね、ねぇ……」

「っしゃ!!」
「コウ、今のナシ!! 0.0001秒、後出ししたの俺は見たね!」
「へいへい。せいぜい、ほざいてろ」
「くそ〜、インチキだ」

「ねぇ、なにしてるの?」
「ああ、これはね……題して『美奈子とモノレールを隣同士に乗る権利を賭けた男と男の真剣勝負!!』」
「このモノレール、2人で一席なんだと。それでな……」
「せっかく美奈子もいるってのに、わざわざコウと乗りたくないじゃん? だから、勝負で勝った方が美奈子と一緒に乗るって訳」

―なるほど、2人で来てるときは気にしていなかったけど、確かに2人乗り仕様の乗り物は多い―

美奈子の頭の中に2人乗りのアトラクションがいくつも過ぎっていく。

「コウの奴、インチキで勝ったんだ。美奈子怒ってやって?」
「ほざくな。敗者は大人しくしてろ」

その後も琉夏はブツブツ文句を言っていたが乗る順番になると、ふて腐れながらも1人前の席に腰掛けた。
すぐにキャストに促され、琥一と美奈子も琉夏の座った席の後ろに通された。美奈子は窓側に、琥一は通路側に座る。

席に座って出発を待っていると、琉夏と相席になった親子3人で遊びに来たらしい見知らぬ男性が、苦笑交じりで琉夏を宥めているのが後席の2人の耳に入ってきた。どうやら並んでる間、兄弟のやり取りを聞いていたようだ。

琥一は頭を抱え、美奈子は居たたまれなさから窓の外に視線を移した。

* * *

座席が振動し、モノレールが走り出す。

窓から見る景色は地上にいる時とはまるで違う。
カラフルなアトラクションに、小さく見える沢山の人……まるで箱庭のような景色を食い入るように見つめる美奈子。そんな美奈子を琥一は見つめていた。

「見て! メリーゴーランド!! ほら、屋根の上が見える!!」
「……!? お、おう……スゲーなあ?」

急に振り向いた美奈子に琥一の心臓は飛び上がった。咄嗟に身動きする振りをして平静を装うも、琥一の動揺とは裏腹に美奈子は再び窓の外に夢中になっている。

はしゃぐ美奈子に「ガキじゃねぇんだから、あんま騒ぐな?」等、たしなめつつ琥一が視線を彷徨わせてると美奈子の腕時計が目に入った。

―あと、何分くらいだ? …………―

腕時計をつけた左手は無防備にソファ式の席に置かれている。

色黒でゴツい自分の手とは違う、白くて華奢な手だった。触れただけで折れるのではないかと思うほどに……。
琥一は、そっと美奈子の手に自分の手を重ねた。そっと…壊さないように、驚かせないように静かに……静かに…………。

「……コウちゃん? どうかした?」
「ああ……気にするな。ほら、あれだ……いいから外見てろ。もうすぐ、着いちまうぞ?」
「……うん」

体の大きな琥一が通路側にいることもあり、他の客からは見えないだろう。美奈子は耳まで赤くなっていた。

*
*
*

時刻は2時過ぎ……3人は約一時間並んでようやく、ありつけた昼食でお腹を満たしながら午後の予定を考えていた。

「次はなに乗る?」
「あ? あんま、並んでねぇのでいいだろ」
「つまんないなぁ、お兄ちゃんは。コウ、休日のお父さんみたいだぞ」
「うるせぇ」

向かいに座る兄弟がいつものようにやり取りするのを眺めていたら、琉夏がパッと美奈子の方を向く。

「美奈子はなに乗りたい?」
「ん〜……なんでもいいよ? 琉夏くんはなにか乗りたいものある?」
「俺? そうだな……」

琉夏は思案しながら、琥一を見やる。

「……メリーゴーランド。うん、メリーゴーランドがいい」
「くだらねぇ、俺はパス」
「じゃあ、俺は美奈子と楽しんでくることにしよ!」

* * *

一際、メルヘンチックなパステルカラーのメリーゴーランド。
順番になり、美奈子は琉夏に手を引かれるまま馬車に乗り込んだ。

「馬車でいいの?」
「いいの。俺が白馬に乗ったらさ……大変なことになるよ?」
「大変なこと?」
「そう……本物の王子様が現れた!ってパニックになるかもしれない……」

そんなやり取りをしていたら、アナウンスが流れて、メリーゴーランドは緩やかに回り始める。

回り始めたメリーゴーランドから外を見ると、近くのベンチに座る琥一が見えた。
美奈子が手を振ると、琥一は面倒臭そうに軽く手を上げて見せた。

「コウちゃん、疲れちゃったのかな?」
「たぶんね。コウはジジイだから」
「また、そんなこと言って……コウちゃんに怒られるよ?」

回るメリーゴーランドはすぐに2人の視界から琥一のいない景色に移った。

「じゃあ、2人だけの内緒ね? オマエがお姫様で俺が王子様。で、コウは爺や」
「私がお姫様なの?」
「そう、やんちゃ姫……」

琉夏は美奈子の手を取ると、そっと口付けた。

「琉夏くん!?」
「しっ……これは口うるさい爺やがいない隙の秘密の逢引なんだ。もちろん内緒ね」

やがて、メリーゴーランドは緩やかだった速度をさらに落とし、完全に停止した。

「秘密の逢引タイムもこれで終わりか……残念。ほら、お姫様、俺の手に掴まって? エスコートします」
「フフフ、ありがとう」

*
*
*

日の落ちた園内は電飾で彩られ、昼間とかまるで違う、煌びやかで幻想的な雰囲気を醸し出している。

「はぁ……残念。もう帰らなくちゃいけないんだな……」

帰りのバスの時間にはまだ間に合うが、そろそろこの夢の国を後にしないといけない。
琉夏は名残惜しそうに、電飾でキラキラ輝く噴水の水を見つめている。

「また、三人で遊びに来ようね?」
「三人……な?」
「ん?」

美奈子は意味有り気に返事を返す琥一を見上げるが暗くて表情は伺えなかった。

園内には自分たち同様に出口に向かって歩いてる人も多い。
父親の背中で眠る子、はしゃぎ足りずに走り回ってる子、それを追う母親、お土産をたくさん抱えて楽しそうに今日の事を話題にしてるカップル……。

「琉夏くん、そろそろ行くよ?」
「うん。そうだな……いこ」

美奈子に呼ばれた琉夏は彼女の横に立ち、二人はゆっくり歩き出した。

「……おい。とりあえず、それ。出る前に外しとけよ?」

琥一が指差す、琉夏と美奈子との頭にはキャラクターの耳を模したカチューシャがあった。2人が昼食前に買うと言って聞かなかったものだ。

「大丈夫だよ。外に出たらちゃんと外すから」
「家に帰るまでが遠足って言うじゃん? だからさ、俺は家までこのまま帰るよ」
「てめぇが、んなもん付けてたら俺が迷惑すんだよ! オラ、外せ!!」
「いやだ!!」

美奈子の脳内に今朝の光景が甦る。
変わったのは、空の色と琉夏の頭の物体、そして口論の内容だろうか。

「もう! 喧嘩するなら二度と来ないからね!!」

美奈子の一言に、ギャーギャー騒いでいた二人は大人しくなる。

「琉夏くんも、外に出たらちゃんと外すこと。コウちゃんもすぐに怒らないこと」

「……はーい」
「……チッ」

バツの悪そうな兄弟を従えるような形で美奈子は出口へと歩いていく。

*
*
*

「送ってくれてありがとう」
「おう」
「お姫様を守るのは王子様の役目だからね?」

「フフフ。では、お礼に……これを二人の王子に差し上げましょう」

美奈子はお土産の入った袋から小さなぬいぐるみを取り出し、琥一と琉夏に渡した。
それはストラップになっていて、遊園地のマスコットキャラのぬいぐるみは王子様のような服を着ていた。

「あ、これ、限定バージョン?」
「そう、お土産買うときに一緒に買ったの。私のもあるんだよ……ほら」

美奈子は自分用だという同じストラップを取り出した。
先程のマスコットキャラのガールフレンドである、そのぬいぐるみはお姫様の服を着ている。

「ちょっと違うけど一応、三人お揃いね?」
「お揃い……ねぇ。ククッ、女はそういうの好きだな?」
「いいじゃん。コウ、早速ケータイに付けてやろうか?」
「よせ、バカ!」

「フフフ、帰りは喧嘩しちゃだめだよ?」


でつかまえて


END

〜あとがき〜

108000hitのキリ番の踏まれたゆき様に捧げます。

『TDL』を意識してお城や園内モノレールを取り入れてみました。しかし、あまりイチャイチャ出来ず……すみません。

噴水も入場口すぐ(だったはず)の広場を意識しました。
あと、マスコットのカチューシャ……『TDL』ならこれかと!! 最後の方しか出せませんでしたが。

お持ち帰りはゆき様のみでお願いします。

里夏

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