愛すべき数式 そろそろ、本格的な夏の気配がしてきた6月の午後。 暑いのは平気だけどクーラーがないのは、やっぱ不便だな……。 今は来年の一流大学受験に向けて受験勉強中。 暑さで集中力がなかなか続かない。勉強に飽きれば床をコロコロ転がったり、ノートへの落書きを繰り返していた。 16匹目のウサギを描いたあたりで、今度は幼なじみの女の子を描き始める。 そのとき、家の鍵がカチャリと開いて、美奈子がひょこりと顔を出した。 今、まさに描いてる女の子のモデル…… 「美奈子、おかえり」 「ただいま〜。勉強は、はかどって……ないよね」 「するどいね」 美奈子が苦笑いしながら、手に持っていたビニール袋をゴソゴソ探り、 「じゃあ、おやつタイムにしよっか?」 個装された袋とスプーンを出す。 「あ、ハロゲンのスーパープレミアムロールケーキ!!」 「この前、これがテレビで紹介されてたとき琉夏くん、釘付けだったでしょ? 勉強頑張ってるご褒美に買ってきちゃった」 俺が隠しもしないでロールケーキに飛びつくと美奈子は嬉しそうに笑った。 それを見て、俺の顔の筋肉も緩む。 * * * 「先生。俺、少しだけだけど、わかったよ。先生が言ってたことの意味……」 あの日、美奈子にヒムロッチに紹介された若王子先生との“ちょっと変わった進路相談”のことを明かした次の“進路相談”のとき、俺はそう切り出した。 そんな俺を見て、若王子先生は「そうですか」って微笑んだ。 「この前、走って追い掛けていった子ですか?」 「そう。昔、一緒に遊んでた子なんだ。一度引っ越しちゃったんだけど、また戻ってきて……」 カリカリと黒板にチョークを走らせながら、何気なく話す。 「入学式の前日に教会で会ったんだ。俺、すぐわかった……」 「ああ、あの教会ですか?」 「そう。あの教会……はい。出来たよ」 黒板から少し離れて、ニコニコしてる若王子先生に数式を見せた。 「なるほどなるほど……ここは…こうしてはどうですか?」 今度は先生がチョークを手に取って、俺が書いた計算式にチョコチョコと書き加える。 「うーん。それさ、書かなくてもいけるよ?」 「そうですね。しかし、書くことで……こっち、ここはより明確になるんですよ」 「ああ……ホントだ」 こうやって、若王子先生と“進路相談”しててわかったこと。 ―立ち止まらずに一刻も先に早く進むことも大事。でも、あえて立ち止まって、無駄だと思うこと、遠回りする事も大事― 数式と人生って似てるかもしれない。 早く大人になるだけじゃ、わからないんだ。 邪魔にならない生き方だけが俺の道じゃない。 寄り道したり、回り道したり、それで得ることもある。 一人じゃ乗り越えられないかもしれない。 そのとき、隣に美奈子といたら大丈夫だ。 「どうかしましたか?」 「……うん。答えがね、また少しだけ見えてきたかもしれない」 「それは良かったですね」 今日は窓から見える景色がいつもより眩しい。 「琉夏くんの髪はキラキラしててナウいですね〜」 「……ナウい? ナウいか……それなんかいい! 逆にナウい! 先生イカす!!」 * * * 「はぁ……美味かった。ごちそうさまでした」 美奈子が買ってきてくれた“スーパープレミアムロールケーキ”は俺のお腹にお引っ越しした。 ビニールや皿に付いたクリームまでキレイに完食したから美奈子が「そんなに美味しかったの? じゃあ、また買ってくるね」って苦笑いしてた。 「気分転換できた?」 「うん。夕飯まで、もう一踏ん張りしてみる」 夕食を作りに美奈子がキッチンに行くのを見送って、改めてノートを開いた。 そこには描きかけの女の子……消すのが惜しくて、それだけ完成させよう。もう一踏ん張りはそれからだ。 * * * 「若王子先生はさ、趣味ってないの?」 その日の進路相談が終わって、帰り支度をしながら何気なく訊いてみた。 「趣味? そうですね。趣味は先生です」 「そうなの? ははは、じゃあさ、俺の趣味も聞いて。俺はね……バンビだよ」 「やや、バンビですか? それはナウい」 「ナウいでしょ?」 愛すべき数式 END 〜あとがき〜 87000hit・キリ番を踏まれた方に捧げます。 お待たせしました!! 頂いた情報と勘をフル活動させてみたのですが、ご期待に沿えてるかどうか……(^_^;) ご期待に沿えてない場合や、若王子先生のキャラやセリフが違う場合は書き直しますので、ご連絡ください。 お持ち帰りは87000hit様のみでお願いします。
|