避ける理由なんて
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どたばたと走ってくる音がして、郭淮はため息をついた。足音の主に簡単に想像がついたからだ。
「郭淮ー!」
そして扉に向かいさっと身構える。重い鎧のまま、彼の場合は抱きついてくる、なんて生易しいものではない。猛然と突進してくるのだ。ばん、と扉が開くと同時に郭淮は横にさっと身を翻した。足音の主が派手な音を立てて勢いよく壁にぶつかる。ざまぁみろ、と珍しく毒づいた。以前これをやられた時には、鎧の重さに押し潰され本当に死にそうな目に遭ったのだ。
「痛たたた……なんだよ郭淮、避けるなよ……」
足音の主、夏侯覇は膨れて不平を言う。確かに、その様子は可愛らしいとは思う。だが、一度は本当に死にかけたような、危ないことを繰り返すのはいただけない。その能天気な頭に、一発肘鉄をお見舞いした。
「痛っ!郭淮!なんでだよ!」
「……自分の胸に手を当ててよーく考えてご覧なさい」
猪突猛進というか、単純というか。うんうんと唸る夏侯覇を静かに眺め郭淮は唇の端に笑みを浮かべる。この暴走気味の若者に慕われているとは、郭淮自身も俄かに信じ難い。
机の前に座り、組んだ手に顎を乗せて夏侯覇が悩む様を放っておきながら少しうとうとする。昨日の仕事量が多く徹夜してしまった分、眠気が今になってくる。
「俺が昨日お前の書簡をひっくり返しちゃったことか……?」
ずるり。顎が手から外れ、見事に机に叩きつけられた。舌を噛むことはなかったが、あまりの見当違いに呆れる。いや確かにそれも怒るべき要因ではある気はするが。
郭淮がひりひりする顎を抑えて悶えていると、慌てて部屋から飛び出して行った夏侯覇。呆気にとられ、顎の痛みも忘れただ出ていった扉を見つめていた。
慌てて戻ってきた夏侯覇が持っていたのは、濡れた布だった。それを郭淮に渡し、真剣に、心配そうに覗き込む。
「大丈夫か?……その、ごめん、やっぱ、俺、慌てすぎだよな」
冷たい布の感触。したたかに打った顎を冷やしながらしゅんとした様子の夏侯覇に、郭淮は苦笑した。犬の耳がついて、垂れている錯覚を覚えるほどに落ち込んでいる。
「仕方ない人だ、あなたは」
先程の犬の耳の錯覚のせいか、郭淮は無性に栗色の髪を撫でたくなった。くしゃくしゃと頭を撫でてみる。丸い瞳をさらに丸くして少しの間ののち、夏侯覇は嬉しそうに抱きついてきた。
「かーくーわーいー」
「なんですか、壮壮」
思わずちょっと前まで可愛がっていた犬の名前が郭淮の口をついて出た。
「俺は犬かよ……」
「似たようなものでしょう。……いや、ちっとも学習しないあたりあなたは犬よりたちが悪い」
口を尖らせて膨れながら、なんだよ、犬以下かよ、そう文句を言う。それでも郭淮を離そうとしないで抱き枕よろしく抱きついている。……避ける理由など、危険だからという以外にはありはしないのだ。
「……最初からそうすればよかったのに」
郭淮が呟いた言葉に疑問符を浮かべる夏侯覇。なんでもない、と苦笑するあたり、やはり夏侯覇に少し甘い気がする。今度こそ、そんな危ないことはやめて頂きたいと文句を言おうと思いつつ、郭淮はこの年下の男に流されていくのだった。


fin


ほのぼのした可愛らしい覇淮が好きです。



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