嗚呼お前は
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確かに、死んだと思ったんだけどなぁ。
夏侯覇は呟いて、己の身の丈ほどある大剣を肩に担いだ。
目が覚めたらなんだか中華の国ではない場所にいて。鎧がその国のものに比べるとあまりに目立ちすぎたので、好事家に高値で売り払い新しい鎧を購った。
「いやいや普通ありえないっしょ、死後の世界ってこんなに生々しいものなのか?」
まぁそんなこんなで今は冒険者という名の便利屋稼業。怪物退治から犬の散歩までなんでも金になりさえすればやっており、今もその依頼の真っ最中である。
今回の依頼は町から出されたものだ。
町外れにある古城に、吸血鬼が住み着いた。しかし、人を襲う気配はないため、退治するのは気が引ける。しかし、不安がる住民たちのためにどうかそこを立ち退いてくれるよう、交渉してくれないだろうか。
依頼内容をざっくりとまとめればそんなところだ。
一応、得物を持ってはきているものの、できれば穏便に済ませてなかなか高い報酬を楽々手に入れたい。
若干、そうして迫害を受ける吸血鬼に同情を覚える。しかしこの差はどうしようもない。夏侯覇は冒険者で、怪物を倒さなければならないのだから。

古城に着くと、無遠慮に大広間まで歩を進めた。時々気になった部屋を探索し、金目になりそうなものをちょろまかす。が、この城には宝石の一粒も、パンの一欠片も残っていなかった。
最上階の部屋に辿り着くと、慎重に扉を開ける。そこにあった景色に、夏侯覇は唖然とした。
あの優しい瞳。痛々しいほどの痩身。……忘れるはずのない。道を分かったはずの、目の前で死んだはずの想い人が、寝台に腰掛け、静かに本を開いている。時折げほげほと辛そうな咳をしながら、ふいに彼は扉のほうを見た。
ぶつかる視線。先に外したのは彼……郭淮のほうだった。
「……こちらへ」
そう郭淮が告げると、夏侯覇の身体は勝手に動いた。ふらふらと、おのれの意思とは関係なく、吸い寄せられるかのように郭淮の隣に歩いて、座った。
「なぁ郭淮、どうして」
「……すみません、夏侯覇殿」
そう詫びて夏侯覇に触れる郭淮の手は知っているよりも冷たく。慣れた手付きで鎧を外す。抵抗しようにも、できなかった。何か強い力で押さえつけられているかのようで、郭淮のゆらゆら揺れて時たま紅く妖しく光る瞳に、ああやはり、彼が依頼のなかの件の吸血鬼なのだと、理解してしまった。すっかり薄着にされて、ふるりと震える夏侯覇に、辛そうな笑みを向ける。そして。
ずっと閉じていて見えなかった口元には、鋭利な牙。郭淮はもう一度すみません、と言って、夏侯覇の首筋に唇を寄せた。
逃げなければ。夏侯覇はそう思って焦ってはいた。魔法という摩訶不思議な力がこの世界にはあることは知っていた。それに支配されているかのように、夏侯覇の身体はどんなに叱咤してもおのれの意思で動くことはない。
ぷつり。皮膚をやぶる音が聞こえた。そして、じゅる、と液体を啜る音がする。不思議と、痛みはなかった。しばらくして、郭淮は首筋から唇を離した。その傷跡を、労わるように優しく舐めたところで、ようやく夏侯覇はおのれの支配権を取り戻した。
「おい、郭淮、一体どういうことなんだよ……!」
「わたくしにも、どうしてこうなったのかはわかりません。……ただ、あなたがわたくしを討伐なり、追い払いに来たのはわかります」
……どうしてお前なんだよ。夏侯覇は郭淮の冷たい身体を強く抱きしめて、呻くように言う。
「誰かが倒しに来たりはしなかったのか?」
人間は怪物を認めない。もともと浮いた容姿の郭淮は、人の中に溶け込むこともできなかったのだろう。そうして自ら交流を絶って閉じこもっているだけだというのに、人間は異様なほどに恐れ、忌み嫌い、排除しようとする。
「何人かには、連弩砲の餌食になってもらいましたよ……何か、何かがくるまで、わたくしは生きていたかった。待っていたかった」
「……俺を、待っててくれたんだろ?そう、自惚れてもいいよな?」
昔の、あのころの郭淮なら、一度はむきになって否定しただろうが、この哀れな吸血鬼は、困ったように笑ってあっさりと肯定する。胸がいっぱいになって、夏侯覇は郭淮に縋って年甲斐もなく大声で泣いた。
子供のようにわあわあと大声で泣く夏侯覇を、郭淮はまた困ったように笑ってぽんぽんとその背中を叩き、幼子にするように優しくあやす。
「ずっと、待っててくれたんだな」
ずっと。そう、ずっとだ。この男は待っていてくれた。仄かな硝煙の香りと強めの甘い香の匂いが夏侯覇の鼻腔をくすぐる。慣れ親しんだ、郭淮の匂い。
「長かったですよ、とても。……幾千もの月が生まれ、死んで行くのをずっと、眺めて……昔の事を思い出して……」
郭淮の声が震えた。虚勢を張っていただけで、両者とも、淋しいことには変わりはない。
どちらともなく、唇を寄せる。
片時も忘れることはなかった。遭いたかった。愛してる。互いにそんなことを囁きながら、寝台に倒れこみ、互いを奪い合った。
この時が、この時だけが永遠に続けばいい。冷えた身体を互いの体温で温め合い、ひたすらに情欲を互いに注ぐ。この時だけが全てならばいいのに。
夏侯覇はそんな叶わない馬鹿らしい考えを嗤った。
駆け落ちでもしようぜ。そう夏侯覇は熱に浮かされた郭淮に囁く。なるほどそれもいいかもしれません、郭淮は返す。
流石にくたびれて、二人で苦笑して体を清め着衣をつける。そうして抱き合って眠りについた。

嗚呼、
こんな日が
永遠に続けばいいのに。


夏侯覇が朝目覚めれば、隣に郭淮のぬくもりはなく。寝過ごしたかと思ったがそうではないらしい。
「郭淮ー?」
呼びながら城の内部を歩く。なんだかとてもいやな予感がした。どこを捜しても、郭淮の気配はない。
仕方なく戻ってきた寝室の窓際。部屋を飛び出した時には気づかなかった、郭淮の珍しく脱ぎ散らかされた着衣。そして。
大量の……灰。
郭淮は脱ぎ散らかすようなことはしない。それに灰の説明がつかない。説明をつけるには……
「いやいやいや……嘘だろ?嘘だって、言ってくれよ……」
風が吹いて、さらさらと灰が宙に舞う。きらきらと光るそれは非常に美しい。ああ、でも、もしこれが、夏侯覇の予想通りなら。
「あ、ああ、郭、淮……」
その灰を、手に掬う。と、いきなり強い風が吹き、灰は手からすり抜けていった。
まるで、夏侯覇のいまの境遇だ。掬ったと思ったものが、あっさりと、己の手をすり抜けて行く。

嗚呼、郭淮。
お前は、
また俺を置いて逝く。

「うわぁぁぁぁぁ!!!」
やっと、喪失感が浮かんで来た。そして、その胸の痛みに絶叫する。
朝日に灼かれ、郭淮は、吸血鬼は灰になった。たったの一日、また遭えたと思ったのに。
持って来ていた水筒の水を捨て、その中に灰をひとつかみ、詰めた。肩掛けの布を裂いて、灰が出ないように蓋をした。
ふと机の上を眺めると、そこには一枚の書置き。郭淮のあの綺麗な字で、ただ三行、文字がつづってあった。

朝日に灼かれようと、もはや悔いはない。
あなたは、お生きなさい。
幸せに、おなりなさい。

「俺の心配より、自分の心配をしろよ……郭淮」
夏侯覇はつぶやき、その書置きをポケットにねじ込んだ。



fin

基本覇淮はストーリーモードがアレだった分幸せになってほしいけどバッドエンドも好き。
淮覇もないことはないけど、やっぱり私は覇淮のほうがしっくりくるかなぁ。
きっとこのあと夏侯覇は書き置きに「心配すんな」的な事を書いて燃やして、持ってった灰と一緒に海に撒くような気障(?)な事をするんだと思います。





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