恋慕に気づかぬマリア


はじめまして、私ナマエと申します。
そんな、美しい名前など!
からかわないでくださいませ。

え、あ、歳は18です。両親は自由民(アーザート)で、万騎長(マルズバーン)マヌーチュルフ様のお屋敷で商人をさせていただいておりました。今は二人とも他界して2人の弟と2人の妹がおります。現在私と一番上の弟はダリューン様のお屋敷で働かせていただいております。ダリューン様とは幼い頃に何度かお会いさせていただいているのです。マヌーチュルフ様のお屋敷へ両親を迎えに行った時に、ヴァフリーズ様とよくご一緒で。お二人とも身分の低い私とよくお話をしてくださいました。

趣味、ですか?
えっと、趣味と言うほどではないですが本を読むことは好きです。仕事のない日は一日中読んでいて、最近はアルスラーン陛下が立て直して下さった王立図書館に行っては本を読んでいて弟によく叱られます。時間をつい忘れてしまって…

特技、ですか?
歌と琵琶(ウード)は得意です。いや、でも、あの、他のものに比べたら、ですよ?あと母が絹の国(セリカ)生まれだったの絹の国の言葉を少しと父方の祖父がシンドゥラ出身なのでシンドゥラ語は少し…
いやでも本当に少しで日常会話ができる程度です。



え、あ、この耳環ですか?
えっと、あの、これはっ…

そうです…
エラム様とお揃いで…
この前お祭りがありましたでしょう?
その時に頂いたものです。

そ、そんなっ、夫婦だなんて恐れ多い!!
そのっ、ただ、私の片想いで…
いえ、あの、身分が違いすぎるということは分かっているのです。でもその、どうしても、好いてしまって…
でもきっとあの方はお優しくて責任感のお強い方です。だからこんな私を見て、エラム様がほっとけるわけはないのです。それで仕方なく此方に置いて下さっているのだと思うのです。

えっと初めて会ったのはダリューン様のお屋敷にエラム様がいらっしゃっている時で、ダリューン様にご紹介いただいたのです。私がお出しした絹の国のお菓子をとても美味しいとおっしゃってくださって、それから時々此方にいらっしゃるついでにそのお菓子をお渡ししていたのです。それがある日、私が怖い男の人に連れ去られそうになっていたところを助けていただいて、ダリューン様のお屋敷まで送っていただきました。
その時からずっとお慕いしております。あのかたは本当にお優しくて、こんな一介の自由民(アーザート)である私にも心を砕いてくださいます。
アルスラーン陛下もお優しいですが、私は主君想いでかつ私のために御心を砕かれるあの方の方が心配でなりません。

え、す、すきな、ところ…
でございますか?
そんな、絞れません。
あの方は凛々しくてお優しくて武術がお出来になって気遣いのある方で、お会いできるのが夢のようなのです。時々これは都合の良い夢で、目が覚めたらただ挨拶を交わす仲に戻ってしまうのではと思う事があります。

それでも、ですか?
上げたらキリがないのですが、強いて言うのであればアルスラーン陛下やナルサス様にお仕えしているお姿でしょうか。私も使用人という立場ですので、僭越ながら同業者ですからお仕事がお出来になるか、そうでないかは分かってしまうのです。エラム様は本当にお側仕えの鑑でございます。あの気配りと要領の良さ、自分の意見を率直に述べ、主君を決して誤った道へ進ませない。きっと後半部分はナルサス様に似ていらっしゃるのですね。さすが、お弟子様といったところでしょうか?そんなあの方に少しでも近づけるように私も精進していきたいと思っております。


え、彼についてもっと詳しく、ですか?
どうしましょう、私の言葉で彼を表すのは失礼でしかない気がします。

そんなっ!!
悪いところだなんてとんでもない!!
強いて言うのであれば女の人にかなりモテるから一緒にいると街の女性方の視線が痛いくらいで…
それも私が美しくないからなのでエラム様の欠点ではございません。

そうですね。
あ、ご存知かとは思いますがエラム様はとてもお料理がお上手です。私がこの前寝込んで起きれなかった時にスーペ・ジョウ(大麦のスープ)はとてもとても美味しくて…
私よりずっとお料理が上手なので、私のお料理ではご満足いただけないのではと普段から心配なのですが、とても美味しいと褒めてくださるのです。お世辞でないと良いのですが…

それから、それから…




「ナルサス様っ!!アルスラーン陛下っ!!ダリューン様!!」

言い募ろうとしたナマエの言葉を遮ったのはけたたましく鳴った扉の音だった。息を切らす茶髪の青年の顔は真っ赤だった。

「おお帰ったのか、エラム」

「あ、エラム様。おかえりなさいませ。」

椅子から立ち上がろうとしたナマエを見て、ああ、お前は無理をするなっ!!と鋭い声が飛ぶ。

「エラム、すまないな。でもお前が美しい女性と暮らしていると聞いて、どうしても気になったのだ。」

「あっ、い、いえ、陛下。どうせ吹き込んだのは此方の御二方でございましょう。」

そう言ってエラムはナルサスとダリューンをじろりと睨みつけた。

「おお、おお。よく師にそんな目ができたものだ。」

「何を仰います!!面白がっているのでございましょう!?」

エラムとてもう17である。少年から青年へと成長を遂げた彼は目の前の女、ナマエに恋をする立派な男であった。

「いや、俺は無関係ではないぞ。ナマエは俺の家につかえているのだからな。」

パルスでもっとも頭の切れる宮廷画家とパルス随一の勇者にからかわれ、エラムは唇を噛んで頬を染めた。その様子を見て彼らはエラムがナマエを好いていることを確信する。分かりやすい若者の反応にナルサスとダリューンは笑みをこぼした。

「まあ、そのような噂をお聞きに。噂とは異なる容姿ですが、お許しください。」

「いやいや、噂と違わぬ美人であった。エラムには勿体無いほどだ。」

ナルサスが大袈裟に手を振ると、そんなことは、とナマエは俯いた。


「でもまさかキシュワードの次がエラムだったとはなあ」

楽しみだ、と若い国王(シャーオ)はナマエの少し膨らんだ腹を見て嬉しそうに笑った。エラムとナマエが情を交わしたのはたった一度。互いに酒で酔っていたときである。2人とも素面では告白などできないため酒の力を借りようとした結果であった。

「産まれたら必ず抱かせてくれよ、エラム」

「ははっ、勿論でございます。」


では、そろそろお暇しようか、というアルスラーンの一言で年長者二人も立ち上がる。

「申し訳ございません、たいしたおもてなしもできず…」

「いや、貴女のお茶は美味しかったよ。今度はエラムに渡してやったという絹の国のお菓子を作ってくれるかい?」

そう言って若い国王が微笑むとナマエははい、とはにかんだ。まだ少女らしさが勝るが、腹を撫でる姿は母親そのものである。アルスラーンは心優しいこの女性に親しみを感じていた。

「俺は玄関まで見送ってくる。」

「身体を労われよ、ナマエ。お前はすぐに働きすぎるからな。」

「またお邪魔する。」

「はい。皆様、お気をつけて。」

ナマエは一礼して四人を見送った。






「今日は良いものを見せてもらったぞ、エラム。」

ニヤニヤ笑うナルサスにそっぽを向くエラム。初めて見る図にアルスラーンとダリューンは新鮮な心地がした。

「じゃあまた明日城でな。」

「はい。陛下、お気をつけて。」

そこにダリューンとナルサスの名前を入れなかったのはエラムの意地であったであろう。また来る、と笑って3人はエラムに背を向けて歩き出した。少しからかい過ぎたかとナルサスとダリューンは笑いながらこの後飲みに行くか、などと話し始めたがアルスラーンはふと気になることがあって立ち止まった。

「ダリューン、ナルサス。忘れ物をしてしまった。すぐ取ってくるから先に行っててくれ。」

「お供しましょうか?」

「いや大丈夫だ。すぐ戻る。」

そう言うと若い国王は家に戻ろうとしていた友人兼侍童(レータク)の名を呼んだ。
そしてなにごとかを囁くと再び宮廷画家と戦士の中戦士(マルダーン・フ・マルダーン)の元へと駆けて行った。

























恋慕に気づかぬマリア



さよならしましょう、両片思い。



「ナマエっ!!」

再びけたたましい音がして扉が開いて、ナマエは思わず食器を取り落としそうになった。

「はっ、はいっ!!なんでしょう、エラムさ…ま?」

食器を置いて振り返ったナマエをエラムは強くだきしめた。

「一度しか言わぬ…」




彼が彼女の耳元で愛を囁くと、彼女は大きな瞳を見開いて、そして嬉し涙をこぼすのだった。

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