愛した貴方は、笑ってくれますか?


不器用な人だった。
女心なんて欠片も分からなそうだったし、何度も無意識で私の気に触ることを言った。些細なことで喧嘩もしたけれど、いつも先に折れたのは彼だった。
たくましい腕に抱きしめられて、幸せを感じていた。
何度も愛してるって口付けを交わして、身体も交えたのに…

「エクバターナの人々よ!!」

敵の手にかかるなら味方の手で死にたいと叫ぶ彼が痛々しかった。涙で彼の姿が霞む。

城壁から矢を射掛ける。
やめて、やめて…

あの人を、殺さないでっ…
そんな願いを嘲笑うかのように、眉間に矢が突き刺さる。

「シャプール…さま…?」

シャプール様は柔らかく口元を緩め、そして…

ナマエ、と確かに唇を動かした。


「シャプールさまあああっ!!」

「よせっ、ナマエどの!!」

誰かが短刀を持って駆け出しかけた私を羽交い締めにした。

「離して、離してっ!!」

「命を無駄になさるな!!今行ってもシャプールは喜ばん!!」

その言葉に足が止まった。
振り返れば私を羽交い締めにしていたのはサーム様であった。

「サーム、さま…」

「今は生きられよ。生きていれば、貴女のその力が活かされる。シャプールはきっと貴女の生を望むはずだ。」

「サームっ、さまあ…」

声を上げて私は泣き叫んだ。サーム様が優しく背中を撫でてくれる。その手は愛するあの人より少しだけ節くれ立って、もうあの人はこの世にいない事を私に突きつけた。















愛した貴方は、笑ってくれますか?



「エクバターナは落ちる」

サーム様が私を呼んで言った。

「落ちないよう努力はする。だが、ガルシャースフはやりすぎた。」

サーム様は優しく微笑んだ。
これから落城するなんて微塵も考えられないくらい、優しい笑顔。



「シャプールのために、貴女には生きて欲しい」

私がシャプール様の妻となったのは三年前の夏のことだった。生まれは一応貴族の正室の末娘であるらしいが男の子が生まれなかったため、私が軍部に売られた。そうして国家の暗殺部隊の一員として幼い頃から育てられ、一度ダリューン様の正規軍に配属になった後に彼が絹の国に行く際に再び暗殺部隊に戻るはずだった。けれど、こんな武芸しかできない私をシャプール様は見初めてくださった。

「俺に、守られてはくれないか?」

優しく、強く抱きしめられた。十三もある年の差のせいか、彼をすごく大きく感じた。

今となってはもう二度と手に入らないぬくもり。


「貴女をここで死なせたとあっては、あの世でシャプールに面目がたたん」

行け、とサーム様は言う。

「貴女は生きよ」

その言葉に背中を押され、私は密かにエクバターナの城を抜け出した。




「待て、女っ!!」

そうして逃がされたが、結局私は我慢ならなかった。王都落城後、まルシタニアの兵士を1日に1人を殺すという誓いを立て、実行することにした。シャプール様の無念を晴らしたい一心で…
暗殺部隊にいただけではなく、普通の兵士としても訓練を受けた身である。ルシタニアの兵数人を相手取ることぐらい造作もないことであったが、この日は運が悪かった。
暗殺現場を20人ほどのルシタニア兵に目撃されてしまったのである。

「追え、追えっ」

上官らしき男の声が辺りに響き渡る。
エクバターナの地理はよく知っているが、走った先にはまた別のルシタニア兵がいた。反対側から歩いてくるルシタニア兵を予想することなどできるわけがない。咄嗟の判断で右手の短刀を投げつけ、左手で腰に差してあった別の短刀の鞘を払った。

「そいつを捕まえろっ!!」

正面から駆けてくるルシタニア兵の数もなかなかに多い。
もはや、これまで…
何人のルシタニア兵をあの世に送ったかは分からないけれど、大司教の男は殺せなかった。きっとシャプール様は復讐なんて望んでいないけれど、あの人だけはこの手で殺さねば気が済まなかったのに…

復讐の為だけにこんなことで死んだら、シャプール様は呆れてしまわれるのかしら…
でも、あなたの元にいけるならそれでも、かまわない。

目の前で剣がキラリと光る。
ああ、死ぬのだと思ったその時。

目の前の男が膝から崩れ落ちた。
黒い外套と白い外套の二人組。外套には返り血であろう血がべっとりとくっついていた。

男たちの剣が一閃するとさらに二人の敵が倒れる。


「ぼさっとするな。行くぞ。」

黒い外套の男が私の手を取った。懐かしい声だった。黒い外套の男が剣を一閃させ道を作ると、彼はそこへ向かって走り出した。私の手を引いて…


追っ手を巻いて、馬に乗り王都を飛び出す。
その馬を見たときに分かってしまった。


「お助け頂き、ありがとうございます、ダリューン様。」



前に乗る身体にしがみつけば、いや、とそっけなく返された。

「奴め恐ろしく腕が立つ。お前が来なければ危ないところだった。」

「そんなことはどうでもいい!!彼奴俺をヘボ画家呼ばわりしたんだぞっ、気に食わん!!」

美しい髪を首元で緩く結った美丈夫にも見覚えがあった。
お礼を言わなければならないのだけれど、突如私に訪れた安堵は私から思考を奪う。


「ふっ…うぁっ…」

大きな漆黒の背中に抱きついて嗚咽を堪える。殺される、と思った恐怖かシャプール様を失った悲しみか、分からない。けれど気がつけば涙が溢れて止まらなかった。

「よく、頑張ったな」

優しい声がかけられ、ダリューン様のお腹に回した手が優しく握られた。

「だりゅ…さま…しゃ、ぷーる様が、シャプール様が…っ」

泣きじゃくる私を乗せて2人は馬を進めた。優しく握られた右手が、傷ついた心を癒してくれる気がした。
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