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綺麗な場所だった。濁りが全くない湖の周りを森が囲んでいて、少しだが雪も確認できる。本当に綺麗な場所だと俺は思った。隣にいたレッドが小さくここがいいね、と言ったのを俺は聞き逃さない。その言葉がなんだかとても悲しく聞こえて情けない事に水が頬を流れた。雨、降ってきたな。そう言えばレッドはうん、と頷く。なんだ、おまえもかよ。いつまでもそこに立っていたって埒があかないから俺はポケットから小さなものを出す。カチカチと音を立てて鈍く光る刃を出せばレッドは無表情で俺の手から取った。手、と一言だけレッドが言い、俺が差し出せば手の甲にRと刻む。赤い液体が雪に落ちた。ゆっくりと染みていくそれを見て綺麗だと思う。次に俺がレッドの手の甲にGと刻めば同じように赤い液体が落ちた。嬉しそうにそれを見ているレッドの表情は穏やかという言葉以外では表せない。

「…綺麗、だね」
「俺も思ってた。綺麗だ」

ちら、と湖に目をうつせば湖は水鏡となって丸い月を映す。嗚呼、なんて綺麗なんだろう。とても幻想的に思えたそれに俺たちは飛び込んだ。

ぶくぶく、当たり前のように出来た水泡は湖の表面まで行き着き割れるだろう。あんなにも綺麗に見えた水鏡に映った月は水中からは見えなかった。映った月の中に飛び込んだのに、普通に水に飛び込んだ時となんら変わりはない。見た目が良いっていうだけか。傷つけたばかりの手の甲が痛んだ。しみる。そこから出ている液体が拡散して綺麗な水を濁す。レッドはやっぱり無表情だった。

苦しくなってきた。まだ底には着かない。結構深かったんだなあ、なんて考えてるとレッドが指を絡ませてきた。力を込めて、離れないように。俺たちは月の裏側に来た。そうだろ?だって飛び込んだんだぜ?死んだ人はきっと月の裏側に還るべきだ。水鏡に飛び込むやつもいないだろうな。俺たちだけだ。誰にも邪魔されない。目を閉じると何かが聞こえた。それはレッドも同じだったようで不思議そうな顔をする。耳を澄ませて聞いているとそれはピカチュウの声だった。レッドのピカチュウ。それが幸せに、と言っているように聞こえて思わずレッドと二人して微笑んで目を閉じた。今までレッドを支えてくれて有り難う。黄色いレッドのお友達へ。そしてレッド、お疲れ様。これからは本当に二人だけだ。目的地までは長い。目を閉じてゆっくり休もう。その目的地はレッドが心から笑えるような場所でありますように。

(水鏡との裏側)


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