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パトスの浄化









私は泣きながら産まれてきたし、泣きながら子どもを産んだ。ほんの小さな、2130gの命を。最期の時も、泣きながら死んでゆくのだろうか。五歳の時に死んだ私の祖母は、泣きながら息絶えた。

私たちは、毎日二人で入浴した。一人が湯船に浸かりながら、もう一方が身体を洗うのを何と無く眺めているのだ。娘の菜子は、この冬八歳になる。もう一人で、髪を洗うことも出来る。

「きれいな髪ね」

ほとんど毎日、私はそう言う。そして決まって、菜子は恥じらう。ぎゅっと固く閉じた瞼。顔に垂れてこないように天井を仰いで、まだ幼い指を動かしながらシャンプーをたっぷりと頭に泡立てていく。反り返った背中。私の好きな肩甲骨が見えない。小さな肩甲骨が動くのを見るのが、堪らなく好きだ。現実には無い筈の無垢な白い羽根が、そこにあるようで。

「もし明日ね、私が死んだとしたら。そしたら悲しい?」

そんな思い付きの意地悪を、時々――本当に時々――投げかける。菜子は「どうしてそんな事言うの」と目を吊り上げて怒る。必ず。

シャワーを頭から浴びきれいに流し切ると、トリートメントを撫で付けた。女の子というのは、幼くても女にかわりないのだなと思う。髪を褒められれば嬉しいし、その為にしっかりケアをする。
それでも先月のクリスマスには、まだサンタクロースを信じていた菜子。寝ぼけた私のサンタクロース目撃証言を、固く信じているのだ。そんな菜子だから、訊きたくなるのかもしれない。

流し終わると、身体を洗い始めた。菜子は沢山の泡でないと満足しない。肩甲骨に付いた濃い泡は、小さな翼が生えたように見える。

「ねぇ、急にいなくなったら、寂しい?」

こういう時の私は執拗で子ども染みている。

「そういうことは言わないで」

乱暴にシャワーヘッドを取り、身体中の泡を流していく。隠れていた肩甲骨も出てくる。私の愛しい、菜子の肩甲骨。

湯船の中は二人になった。菜子は背中を向け、私は後ろから両腕を回した。後ろ向きなのは怒っている証拠だ。

「ねぇ、悲しい?」
「悲しいに決まってる」

顔を寄せて横顔を見る。菜子は俯き、瞼には何度も力がこもる。

「泣いてくれてるの?」
「ママなんてキライ」

長くなった髪を束ね上げ、うなじに口づける。さっきまで暖かかった筈の髪先から落ちる水滴は、もう既に冷たい。そしてまた、両腕を回した。ごめんね、と言うと、菜子は私の腕に自分の手を重ねた。

「もう絶対、そういうことは言わないで。お願いだから」

「うん、約束する」

菜子も私も、破られると知っている約束。

「私のお葬式には、沢山のきれいな花でいっぱいにしてね」

「もう知らない」

勢い良く湯船を出た菜子の肩甲骨を見送りながら、「大好きよ」と声を響かせた。

菜子より先に死んだら悲しませるし、後に死んだら私が悲しい。どうしたらいいのかしら。今夜は菜子の小さめのベッドで、身体を縮ませて一緒に寝たい気分。私には時々、こういう時があるのだ。本当に、時々。




(菜子を悲しませるのは多分、)


小さなベッドの中で、私を抱き締めた菜子の肩甲骨が動く様子を、背中に回した手の平で確かめたい。左右に揺れながら落ちていく軽やかな羽根のように、柔らかなタッチで。(END)





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God bless you!様提出
2/3月「羽根/お願いだから」












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