joie様提出
20日間企画「屋上から落ちる恋」
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「やった!成功、大成功!」
私は今、歓喜に満ちている。屋上にて、右手に持ち掲げるは先輩の消しゴム。素晴らしき戦利品。これを手に入れるまでに、どれ程の苦労と失敗を繰り返したことか。
「やっと、やっと」
うっとりと頬擦りする。ああ。毎日、そう毎日。学校でも家でも先輩と共にいた消しゴムが、今、我が手に。
「どんな宝石よりも美しい」
「お前、大丈夫か?」
「誰っ」
大事な消しゴムを守りつつ振り返ると、追ってきた先輩が肩を上下させていた。その顔はひきつっている。
「ヤバい」
「返せ」
逃げなければ。大丈夫、制服のスカートの下にはジャージを履いている。全力疾走出来る!
「よこせ!」
「だめ!」
私の全力疾走なんて、先輩の全力疾走には当然ながら敵わなかった。すぐに捕獲され、握りしめた拳から、一本づつ指が伸ばされていく。あんまり強引にされると、私。
「先輩っ」
近付いてはいけない。見つめてはいけない。話してはいけない。触れてはいけない。そんな掟を自らに課したのには訳がある。
「我慢出来ません!失礼します!」
神様、腕を回して抱きついた先輩の身体は、こともあろうに細マッチョでした。離れたくない。絶対に離れない。シャツ越しの体温が気持ち良い。
「これって、いいの?」
「いいわけないじゃないですか」
「俺はいいけど」
先輩、なんていい匂い。私の頭はクラクラ。掟があるのに。先輩の匂いを思いっきり吸い込んだ。
「じゃぁこっちはいらないか」
私から奪った消しゴムを、「矛盾してんなー」と先輩は投げ放った。弧を描いて遠のいていく。どれだけ苦労したと思ってるの。私の戦利品。行っては駄目。金網の向こうへとスローモーションで飛んでいく消しゴムを追いかける。ガシャンと激しく音をたてて金網が揺れる。飛んでっちゃ駄目。
「あ、」
私の身体は、金網の上でバランスを崩した。落ちてもいい。消しゴムと一緒なら。
先輩の消しゴムを手に入れるまでの話は、語れば涙ものなんです。
「おいっ」
「痛」
先輩に引っ張られて、私の身体は屋上にあったけど、大事な消しゴムは屋上下の恐らく花壇へと落下済み。
「消しゴムー」
「ばかじゃね!?俺の私物盗みまくって。シャーペン、教科書、ジャージまで。つか、消しゴム追いかけて墜落死とかまじ勘弁」
「あの消しゴムは、私の恋そのものなんですー!」
先輩の消しゴムは今、花壇の土の上で私の名前を呼んでいるに違いない。
「レスキュー!!」
「はぁ??」
助けに行くよ。すぐに行くから待っててね。
「待ちやがれ」
先輩が私の腕を掴んで止めた。ぐんと引っ張られて、私は先輩の、先輩の、先輩の、頭突きを喰らった。その間際、先輩の緩めたネクタイが目の前で揺れていて。次は、ソレ、下さい。思わず掴むと、不慮の事故が発生。
「じじじ、事故です」
私は消しゴムをレスキューしに行かないと。
「いい加減こういうの止めにしてさ、俺でいいんじゃないの?意味わかんねぇ」
私が先輩を好きになる前から先輩は私を好きだったと、もうずいぶん前に言われた。ズッキューンとやられ過ぎて、おかしな方向に行かざるを得なくて。今のだって、初めてのキスだったけど、認めると墜落死以上の惨劇が待っているはず。さっきは興奮し過ぎて離れたくないなんて思ったけど、「これは私の片想いだ」と思い込まないと生きていけそうにないんです。
「消しゴム見つけてきます!」
屋上を出て階段を駆け降りて行く。私にはまだ無理です。先輩が素敵すぎて認められません。消しゴム見つけたら、ネクタイ盗みに行きますからね。
「意味わかんねぇ。ジャージ、俺の着てたし」
外されたネクタイが屋上から舞い落ちた。