咲くやこの色様提出
「露草色」
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露草が、雨上がりに濡れたまま群生していた。子供たちが摘んでゆく。
――ぷちり、ぷちり
「どれだけなった?」
「まだ一杯摘まんとね」
手のひらには乗りきれなくなる。スカートの裾を集めて布のカゴを作り、その中へと放り込んでゆく。それくらい沢山の露草が花を咲かせていた。
「もう良いっちゃない?」
「そうやね」
そうして、露草の花で色水を作る。それだけの遊び。石ですり潰して、どこかで拾ってきた容器に入れる。側の海から海水を汲む。あとは落ちている木でつつく。実験をしているような、調合めいた作業が楽しかった。
恵美は遠い昔を思い出しながら、偶然見付けた露草を見下ろす。まだ誕生日を迎えたことのない、子供を抱いて。
露草を最後に見てからどれくらい経つだろう。10年、20年? 小学生以来ではないだろうか。何処にでも咲いていると思っていたし、こんなに長い間、見る事も無かったなんて。
気付かなかっただけかもしれない。大部分が「遊びの時間」だった頃とは変わってしまった。歩いていた道を自転車で走るようになり、習い事や勉強に迫られ、大人になっていく。自転車はすぐにバイクや車に変わった。仕事や恋愛に忙しく、次は子育てにと、体力や精神を次々に注いできたのだ。息つく暇は沢山あった筈なのに、ここまで来るのに随分と急ぎ過ぎた気もする。
「みっちゃん、ほら」
かつてそうしたように花を摘むと、柔らかい花びらを指先で潰して見せた。
この色、とても好きだった。単純に「青色」と呼んでいたけど、露草の出す色は「露草色」が良いのかもしれない。懐かしさで胸が膨らむ。雨水を含んだ土から昇り立つ匂いと潮の香りが混じって、恵美を包んでいく。
「帰ろっか」
おしろい花なんてのも人気があったなぁと、幾つもの幼い頃の情景が恵美の中に蘇り、抱いた子を見て微笑む。露草の柔らかく豊潤な青に似た優しい風が、心地好く過ぎてゆく。10月も半ば。今年最後の露草かもしれない。
「明日もお散歩しようねぇ」