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飴に包んで君に




joie様提出
「間違いかくし」
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥











「矢島さん」
声に振り向くと、そこには葵が立っていて、可愛らしく笑っていた。

「矢島さん」
また名を呼ばれ、声のした左側へ顔を向けると、弥生がいかにも怪訝な表情でこちらを見ていた。


「葵、」「弥生、」
僕が二人の間で戸惑っていると、ごろんと赤い林檎が一つ転がって来たのだった。反射的に拾い上げると、二人がこちらへ手を差し向ける。

「矢島さん、私に下さい」と葵が言うと、弥生が「私が貰います」と言うのだ。これはもうどうしたものかと思案に暮れるばかりで、じりじりと近付いてくる二人から遠ざからねばと、僕は辿々しく後退りした。
どこか覚束無い二人の姿は次第にぼんやりと辺りに溶け込み、僕は目を覚ました。


「矢島さん、」
その声にびくりと強張ってしまった。今しがた見たばかりの夢の続きのようで、夢か現か区別に迷う。僕を覗き込むようにそこに居たのは弥生だった。夢の残滓を慌てて振り払った。
「どうしたのですか」


弥生は、珍しく浴衣を着ていた。黒地に朝顔。とても似合っている。会うのは、飛び出すように帰っていったあの日以来だ。

「否、何でもない」と起き上がると、弥生はコップを差し出した。薄く輪切りにされた檸檬が一枚浮いている。手に取るとキンと冷えていて、掴んだ手が滴で濡れた。

「何度も声を掛けたのですが」
「嗚呼」
「うなされていました」

冷たい檸檬水を喉を鳴らして飲んだ。弥生はいつも、キンと冷えた水に檸檬を一切れ浮かべてくれる。飲み干すと、やっと現実を得た気がした。

「この間は、」と言い掛けたところ、図ってか図らずか「これ食べたら行きませんか、お祭り」と遮られてしまった。弥生が引き寄せた皿には林檎が乗っていた。それを見て「あ、嗚呼」と曖昧な返事をしてしまい、弥生が眉を寄せる。ここに林檎があるのは偶然だろうか。コップの中で、輪切りの檸檬が氷の隙間に挟まれていた。

「この間と言い、最近変ですよ」





弥生と二人、祭りへ出掛けた。カランと下駄が鳴る。飾りに付いた鈴も歩みに合わせて微かに鳴った。今日は薔薇の匂いはしないのだなと少々がっかりした。


「矢島さん、待って下さい」
弥生が僕の袖を掴んだ。どうやら歩調が速かったらしく、人混みの中見失いそうになったようだ。

「すまない。手でも繋ごうか」
「いえ大丈夫ですから」

何に於いてもこうして弥生に距離を保たれてしまう。恋人とは僕だけの妄想であろうか、とさえ思えてくる。


あの日、葵を抱き締めた僕は罪悪感に苛まれ、今日見たような夢を繰り返し見た。否、煩悩に溺れもがいている溺死寸前の卑しい僕が、罪悪感など抱く筈がない。何を善人ぶっているのか。

しかし絶対的に、葵を抱き締めたのは間違いだった。それこそ林檎のように顔を赤らめていたではないか。弥生の冷たいあしらいの度に出来る小さな傷を、葵という塗り薬でちまちまと快復させている僕の不届き至極。


ところで、夢に現れた林檎。知っておられるか、実には「誘惑」という意味があるのを。花には「選ばれた恋」という意味があるのを。今はどちらが正解か、無論承知だ。










償うように、
林檎飴を弥生に買った
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
END












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