God bless you!様提出
8/9月「煩悩/君が望むなら」
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「やぁ、こんにちは」
僕が迎えると、「お久しぶり」と帽子を取った。玄関を通り抜け吹き入った風に乗り、良い香りが漂ってくる。
「本当に久しぶりだね」
随分良い匂いがする、と鼻を近付けると、弥生は「止めて下さい」と言って僕を遠ざけた。恥ずかし気にするどころか、眉間が険しい。弥生さえ望むなら、僕は精一杯君を愛せるのに。
「君は僕が嫌いかい」
「嫌いなら会いに来ません」
心底からゆらりと上がって来たのは、あの娘の無邪気さ。いけない、と強く圧し込んだ。しかし、一瞬の心の動きに気付いたのか弥生は眉をひそめ、猜疑心の隠ったような目を向ける。嗚呼、もう沢山だ。何をどうしても、恐らく弥生は僕に切愛させてはくれないだろう。
「君はどうしていつもそうなんだ。にこりと笑ってご覧。何でも素直に喜べばいい。そもそも君は僕を愛しているのかい、いないのかい」
弥生の腕を掴むと力が入り過ぎていたのか「痛い」と振りほどこうとされたが、到底男の力には逆らえない。そのまま強引に引っ張り、弥生を抱き締めた。それもまた強過ぎたのか、「痛いと言ってるでしょう」と鋭い声色で拒否される。
「黙ってこうしていればいい」
そう言ってより強く、弥生の身体を締め付けた。ふんわりと香るこの匂いは、嗚呼、薔薇だ。思わず弥生の髪に顔を埋める。棘を身に付け寄り難くするくせに、強く美しく咲き誇る。弥生は薔薇のようだな、などと考えていると、胸を押された僕は後ろの壁にドンと背を突いた。
「痛いと言ったでしょう」
そう言った弥生は涙目で睨んでいる。
「矢島さんこそ、」
涙目で言う弥生の震えた声が妙に色っぽいと思った僕は破廉恥だ。道徳心の強く有る人が知ったら、罪人同様に非難する事だろう。
「私を花か何かと勘違いしているくせに」
先程脱いだばかりの帽子を被ると、弥生は直ぐに玄関をくぐり帰って行った。壁に背を伝わせ、すとんと廊下に腰を落とす。嗚呼、最低だ。ひやりとした床の低い温度とその固さを感じながら、そう思った。
「こんにちは」
その声に玄関を見やると、葵がにこにこと立っていた。こんな時に、と思う反面、嬉々とする己がいる。なんと言う罪悪感だろう。
本来なら恬然たる僕が、一体どれだけ恋や愛に乱されるのか。