お説教 |
「いいか、名字。俺が言ってるのは決して難しいことじゃない。猿でもわかることだ、違うか?違わないだろ?」 こくん、と頷くと先生は眉を顰めた。 「頷くんじゃなく声を出せって言わなかったか?」 「仰りました」 「じゃあ何で今頷いた」 「癖です」 「直せ」 何故うちの担任はこんなにおっかないんでしょうか。 足を組み、片腕はデスクに乗せ、カッカッとボールペンで何度もデスクを突く。先生もその癖直して下さいよ。ボールペンで刺すぞっていう威嚇に見えて怖いです。そんなこと言えばきっと図書室禁止令が伸びてしまうので私は黙って頷いた。あ、ヤバい頷いちゃった。 ピタッとボールペンを持つ手が止まって、私と先生の間には冷風が吹き荒れていた。むしろ吹雪か。凍っちゃいますね。先生の視線から逃れるように職員室を見渡すと、先生たちは微笑ましそうに此方を眺めながらコーヒーで一服していた。ちょっと誰か助けようと思わないんですか。猿以下だからですか。視界の端っこでゲラゲラ笑っている川嶋先生はうちの担任にボールペンで刺されてしまえ。そう願いを込めて睨むとブハッと噴き出されてしまった。 カッ! 「うるさいぞ川嶋!!」 「ブハハハハッ!」 「俺は今名字に説教してるんだ、邪魔をするな!」 「っくく…!ったく、お前の担任のセンセーはおっかねーな?ブハッ!」 「川嶋!!」 川嶋先生つええ…。 相手にしてると時間が勿体ないと判断したのか、住山先生は私の方を向き直した。カッ、と一回突いて私を見上げる。 「いいか、月曜日まで図書室禁止だ。当たり前だが家での読書も禁止。お前の親御さんには既に連絡してあるから嘘が通じると思うな」 先生抜かりないね。 わかったか?と念を押されて勢いよく頷くと、遠くから川嶋先生の噴き出す声が聞こえた。何で笑っ………あぁ、また…頷いちゃった? そーっと様子を窺うと先生の眼光はそれはもう、鋭く、何かを射抜くような目でした。猿以下でごめんなさい。喋る!喋りますから!川嶋先生も笑ってないで助けて下さいよ。視線を川嶋先生に向けると、住山先生の手元からガッ!と音が鳴った。カッとかじゃなかったガッだった。 「名字、お前が今話しているのは誰だ」 「先生です」 「此処は教師しかいない。お前が言う"先生"は川嶋か?」 「住山先生です」 「ならアイツに構うな、話が進まない」 カチャ、とボールペンをデスクに置いて先生は深くため息をついた。苦労してるんですね…主に川嶋先生関係とか。普通にしてればいい先生なんだけど住山先生とは気が合わないのかもしれない。 時計を見ると昼休み終了10分前だった。結局お弁当食べてから何もできなかったなぁ。本が読めないからすることは特にないんだけど、先生のお説教は勘弁だ。何回されても慣れやしない。慣れるどころかお説教されるたびに恐ろしさが増している気がする。そのたびに川嶋先生は笑っているけども。 「もういいんじゃねーの?」 肩に腕をまわされてグッと体重を掛けられる。ふらついたが何とか踏ん張って隣を見上げると川嶋先生が不敵に笑っていた。 「寝不足はコイツが悪い。けど頭打ったんだぞ?もうちょっとぐらい優しくしてやれよ。なぁ名字」 「今日は本読みません!」 「ほら、あの名字が大きい声出してまでこう言ってんだぞ!凄い進歩だろ。それでもまだ説教垂れんのか?」 川嶋先生…!ボールペンで刺されてしまえなんて嘘です。困った時の川嶋先生です。一生ついていきます。 職員室では一服中の先生たちが「名字のあんな大きな声は初めて聞きましたね」なんてひそひそ話していて少し申し訳なくなった。心の中ではベラベラ喋ってるのに声に出さなくてごめんなさい。癖なんですよ…。 そんな周りの先生たちの反応もあって住山先生は少し揺らいでいるみたいだった。 別に住山先生を責めているわけじゃないんですよ…!ただ私が喋っただけなんです…!なんか罪悪感生まれてきた。 「声を出したのは褒めてやる。だが約束が違うだろ。誰が明日から読んでいいなんて言った?」 ですよねええええ。 川嶋先生はやっぱバレたか、と声を漏らしていた。バレてましたね。 平日は耐えられるけど、土日は時間がありすぎてつらいよ…!本が読めない土日はもう食べて寝るしかない。花の女子中学生がすることじゃないんです。まぁ鋭い住山先生に気付かれないはずがないと思ってたけど…少しでも希望があるなら、と誤魔化してみればスパッと刻まれてしまいました。ちゃんちゃん。 チャイム2分前、今日も遅刻かぁと諦めた私は脳内を切り替えて土日の予定を考えることにした。あーあ、神様っていじわるね。 |