バスケ

昨晩つい本を読み過ぎてしまったせいで少し寝不足だった。読書のしすぎで授業に支障をきたすと担任の先生にすぐ図書室禁止令を出されてしまうから気をつけていたのに。だるい体でボールを追う。よりによってなんで体育。なんでバスケ。

チームメイトには申し訳ないけれど少し気持ち悪くなってきた。コートの端へと寄って少ししゃがんで休憩すると友達の心配そうな声が飛んでくる。ごめん、大丈夫です。しゃがんだらちょっとよくなったので立ちあがってバスケに参加しようと振り返った。


「名前危ないっ!!」


視界いっぱいにバスケットボール。
頭が真っ白になって顔面にまともに衝撃を受けた私はそのまま後ろへ倒れ込んだ。ゴン、という音と共に頭に浮かんだのは保健室。当分あそこには近寄らないと決めたばかりだったのに。

そして小さな悲鳴と共に私の視界は暗くなった。










「ん…」


急に明るくなった視界を手で隠した。眩しい。
ここは…あぁバスケットボールに当たったんだっけ。見慣れない天井とふかふかの布団は保健室のものらしい。当分此処には近寄らないと決めたのに。小さくため息をこぼすとカーテンが開く音がした。


「起きた?」


寝起き一発目のハデス先生ほどキツいものはないと思った。
頷こうとすればずきん、と頭が痛んで私は顔を顰めた。なんで頭痛いの。


「動かないで、安静にしててね」
「はい…」
「何で此処にいるかわかる?」
「バスケットボールを顔面キャッチしました」
「その後に床で頭を打ち付けたらしい」


先生は駆け付けた時の状況を事細かく説明してくれた。体育の授業が中止になった事、友達がすごく心配してた事。私が夜遅くまで本を読まなければ、ぼーっとしていなければこんなことにはならなかったのに。目の奥が少しツン、となった。よし、深呼吸しよう。すーはー…すーはー…。

そんな私の気持ちを知ってか知らずか、先生はあぁそうだ、と続けた。


「担任の先生も心配してたよ」


サーッと血の気が引いた気がした。そ、そうだよね…担任の先生の耳にも入ってるよね。私はもう一度深呼吸した。落ちつこう。
それで…うん。展開がなんとなくわかるんだけど、もしかしてこれってつまり、そういうことですか?


「今日と明日は図書室禁止令だって言ってたよ…」


終わった。

全身から力が抜けた気がする。暗い重いため息をついた私にハデス先生は苦笑いしていた。禁止令は勿論つらい。つらいけど、担任の先生のお説教も同じぐらいつらい。そしてくたくたになった私を見て爆笑する川嶋先生の相手もつらい。あの王はとても自由だ。

ふと横を見ると戸棚の上に漫画がずらりと並べられていた。保健室に漫画って…有りなんだろうか。ハデス先生の保健室に普通を求める方が変なのかもしれない。生徒より腰低くてお茶を淹れるぐらいだし…川嶋先生が「ハデス先生はアメ10割だ」と言っていたのも頷ける。
私の視線に気付いたハデス先生はベッドの横にある椅子にちょこんと座った。


「その漫画は藤くんのだよ」


なんと。
さすが王子はやることが違う。そういえば藤くんがよく保健室に行くという噂を聞いたことがあったなぁと思い出す。まさかここまでとは思わなかったけど、と小さく笑うとハデス先生はにこにこ(多分)していた。う、嬉しいのかな?うん、まあ確かにハデス先生が怖くて此処に近づけないもんなぁ。利用者が少ないのはいい事だと思うけど。


「藤くんはよく来てくれるからね…このベッドも藤くんがよく使うんだ」


ハデス先生の一言で私はピシっと固まった。藤くんがよく使う、ベッド、だと…?慌てて起き上がった私に先生は「ああっ!」と大きく声を上げた。すぐに頭がぐらっと揺れてベッドに倒れ込めば今度は「名字さん!」と叫んで顔を覗きこんできた。ちょ…先生うるさいです。

ぐらぐら揺れて気持ち悪い。目元を手の甲で隠して、落ちつくまでこうしていようと決めた。黙ってぐったりしているせいでハデス先生はおろおろしている。先生も一旦落ちつきましょうよ。


「名字起きた?」
「いらっしゃい、藤くん美作くんアシタバくん」
「あ、起きてるぜ」
「名字さん大丈夫…?」


手を当てているから姿は見えないけどどうやらあの3人が来たらしい。まだ少しつらいのと、藤くんがよく使うベッドだから目を合わせづらいのと、いろいろ整理できてないのでまだ少しこのままで居させてください。


「名字?」
「無理して起き上がろうとしたせいでぐったりしてるんだ」
「おいおい名字ちゃん…頭打ったんだから無理すんなよ…!?」
「図書室禁止令が出たらしいけど…ゆっくり休んでね」


アシタバくんなんで知ってるの。まさかもう噂に…いやなんでもない。


「名字、お前口数少ないんだからせめて顔見せろよ。心配するだろ」
「すみません」


手を退けてぼそっと言えば藤くんはため息をついて、さっきまで先生が座っていた椅子に座った。ち、近いなぁ。藤くんがよく使うベッドに寝て、そばに藤くんがいるこの環境。売ればいくらになるんだろうか。ああ図書室が恋しい。


「枕そのままで平気か?」
「…?」


それはどういう意味だろうか。何か違うの?藤くんからハデス先生に視線を移すと、先生は少し首を傾げて近くへ来てくれた。すみません怖いです。


「枕…?」
「あぁ、その枕は藤くんが持参した物だよ」
「このベッド、ほとんど藤くん専用なんだよね…あはは」
「ったく先生も甘いよなぁ」
「いいだろ別に」


私がもう一度起き上がったのは言うまでもない。


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