昼休み

何故王子は図書室に来るんだろうか。



奥のテーブルに座っていつも通り本を読む。この香りも静かな空間もいつも通りだ。ひとつ違うものをあげれば、それはきっと正面に座る藤くんだ。頬杖をついてぺらっとページを捲る姿は絵になる。少し落ち着かないけれど女子がいないのが唯一の救いだ。


「今日は何読んでんの?」
「辞書」


表紙が見えるように持ち上げると藤くんは不思議そうに首を傾げる。藤くんが図書室に来るようになってから…と言ってもまだ3日目だけど、気付いたことがある。我が校の王子はとても中学生らしい。中学生だから当たり前と言えば当たり前だ。でもイケメンと有名な藤くんはもっと遠いものに見える。たとえばアイドルのような。


「辞書って調べるものじゃねーの?」
「知識の宝庫だから読んでも面白いですよ」
「へー」


身を乗り出して私の手元にある辞書を覗きこむ姿はとても可愛らしいと思う。まるで雛鳥のようだ。後ろについてくる時はまさにそれそのもので、人気者も自分と同じ中学生なんだなぁと親近感を抱いた。それでも王子は王子だ。私は同い年の平民なんです。


「名字さん、今日は遅刻しないようにね」


顔を上げると本を数冊抱えた田中くんがにっこりと笑っていた。何故違うクラスなのに知ってるのか、なんて愚問だった。川嶋先生曰く私のことを知らない図書委員はいないらしい。噂について詳しく聞いてみれば『本の虫』やら『図書室の番人』やらと様々な異名があるらしく一番有名なのが藤くんも言っていた本の虫らしい。恥ずかしいことこの上ない。
こくん、と頷いて目を逸らす。ふよふよと泳いでしまうのも仕方ない。だって恥ずかしいよ!なんだよ番人って!私はそんなに存在感ないよ!


「ふふ、先生と藤くんがいるから大丈夫か」


さて、本を棚に戻す彼になんて言い訳しようか。


1.藤くんはたまたまいる
2.違うんです!
3.この事は内密に


どれも違う気がするのでとりあえず軽く笑ってごまかす事にした。うん、きっと大丈夫だ。この図書委員、田中くんは紳士のような優しい子だったはずだから。

本に視線を戻すとそのページには「藤」が載っていた。藤か…ちょうど今が咲いてる時期だったはず。ふと正面を見て思う。藤くん家には藤の木があるんだろうか。……いや、この考えはちょっと安易すぎたか。人によっては馬鹿にしてるようにも聞こえる質問なので目の前にいるのに訊けないのが少しむずむずする。あーダメだなぁ、辞書に手を出した辺りから知識欲が旺盛になってしまった。いやでもそんな…ねえ?訊けないに決まってる。


「何?」


私の視線に気付いた藤くんが本から視線を上げる。ていうか藤くんそれレシピ本だけど料理するの?不器用って噂を聞いたことがあるからもしかしたら食べたいだけなのかもしれない。
…うん、やっぱり可愛いよね。


「名字?」
「藤の花、好きですか?」
「…別に。お前は?」


え、私?


「好きですよ」
「ふーん」


藤くんはどうでもよさそうに返事してレシピ本をぺらっと捲った。自分から聞いたのにふーんって…まぁいいけど。
あ美味そう、と声を漏らした藤くんの手元を見て今晩の献立が決定した。
今日はハンバーグにしよっと。


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テーマ「人外ファンタジー」
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