猫の休息 |
後ろの席から大きなため息が聞こえて背中にコツンと手があたる。 振り返ると後ろの席のセノーくんが机に項垂れていた。 「セノーくんおはー」 「……おう」 声をかけると少しだけ顔を上げて私をチラッと見てからまた俯いた。 こないだまでは挨拶しても無視だったのに最近返事をしてくれるようになった。全く懐かない猫が逃げずに居てくれたような、そんな気分。 「元気ないねー?なんかあった?」 「……お前には関係ねーだろ」 「セノーくんてば冷たーい」 「っせぇ!話しかけんじゃねーよ!!」 キッと牙を剥くセノーくんにどーどーと落ちつかせるつもりが癇に障ったみたいでキツく睨まれる。どうやら女は殴らないっていう噂は本当らしい。 「ごめんね。セノーくんと仲良くなりたくて、セノーくんのこといーっぱい知りたいの」 「んなっ…」 「顔赤いよー?」 「くっ…!」 「よしよし」 派手な髪を撫でると思ったより柔らかくてふふっと笑みがこぼれた。セノーくんは意外にも黙って撫でられていてたまに気持ち良さそうに目を細めていた。ああ幸せだなぁ。 「…おい」 「んー?」 「そのセノーくんってのやめろ。セノーじゃなくて妹尾だっつの」 「? セノーくん」 「せ・の・お」 「セ・ノー?」 「…はあ」 大きくため息をつくセノーくんに首を傾げた。 セノーくんじゃないの?んん?セノーくん?何が違うのか全くわからないんだけど…セノーくんは『セノーくん』じゃ嫌なんだよね…難しいこと言うなぁ……うーん…。 「せ・の・お」 「セ・ノー」 「馬鹿みてーに伸ばすんじゃねーよ!」 「じゃあリューキ?」 「っ…!」 「リューふごっ」 不意に口を塞がれて変な声を出してしまった。私女の子なのに…ふごって…!恥ずかしい…! 仕返してやろうと手のひらをぺろっと舐めてやった。ふふ、私にふごっと言わせた罰です。 「うあっ!?」 「あれ…ふごって言わないんだ…ショック…」 「お、おまっ…!舐めんじゃねーよ!猫かテメー!」 「やだなー猫はセノーくんだよ!」 「ちげぇ!つか伸ばすなっつってんだろーが!」 「よしよし」 髪を撫でるとやっぱりセノーくんは大人しくなった。 おお、なんか飼い慣れてきた感じ…! 「……龍黄でいい」 「ん、リューキね」 「…はあ」 「?」 何度目かわからないセノーく…じゃなくてリューキのため息が聞こえたけど何も言ってこないので気にしないことにした。 「何があったのー?」 「…朝から姉のわがままに振り回された」 「ほお?」 意外だなぁ。リューキみたいなタイプがお姉ちゃんに振り回されるなんて…可愛いなこんにゃろ。こんな弟羨ましい。きっと可愛がられてんだろうなぁ。 「何で女はああなんだ…」 「女の子嫌いなのー?」 「……あぁ」 「私も女の子なんだけどっ」 「見りゃわかる」 「私のことも嫌いなのー?」 指でつんと小突くとその手をぱしっと掴まれた。リューキは変な顔してる。怒ってるのか照れてるのかどっちなんだろ? 「てめーみてぇな変な女は見たことねえ」 「変じゃないですう」 「ハッ、ありえねえ!」 「! リューキ笑ったー!」 「はぁ!?」 初めて私の前で笑った…!いつも私を見てはしかめっ面だったのに…!嬉しくなって掴まれていない方の手でリューキの髪をわしゃわしゃとかき混ぜてやった。嬉しい可愛い嬉しい!!やめろっという制止の声を聞かずにいるとわしゃわしゃしていた手も掴まれてしまった。ちぇっ。 「やめろっつってんだろ!!あぁ!?」 「ごめんなさーい」 「……チッ、もういい」 掴まれていた手が自由になった。リューキの手、私より大きかったなぁ。 あ、そうだ。懐いたなら次にすることは1つしかないよね! 「リューキ!お手!」 手櫛で髪を整えているリューキに手のひらを差し出すと教室がしーんと静寂に包まれた。 えっなになに?そんなに見られてるとリューキも私も照れちゃうよ。 「てめーふざけてんのか?」 「ううん。躾です」 「はぁ!?」 ガタン!と大きな音をたてて立ちあがったリューキをよしよしとなだめると、リューキは舌打ちをしてドカッと座りなおした。 「よしよし、いいこいいこ」 「……うぜぇ」 「リューキ!お手!」 「………」 「お手!」 「……………」 「おー手!」 「……………………はぁ」 差し出していた手にぱんっと小さな衝撃があって、乱暴ではあるがそれがお手だとわかった。 ぱあっと顔を輝かせて「いいこいいこ!」とハグをして髪を撫でてやるとリューキは「んぐっ!?」と唸っていた。 「てめー!はっ離せ!!」 「ダメー幸せー!」 「……っ、そうかよ!」 顔を真っ赤にしてぷいっと顔を背けたリューキにデレデレしていた私には、はああぁ…というリューキのため息も、クラスメイトのひそひそ話も全く耳に入らなかったのだった。 「あの妹尾を手懐けるなんて…!」 「た、只者じゃない…!」 |