レイニーデイ

「あ、卵焼きさん」
「変な名前で呼ぶな」


ほとんどの生徒が下校した常伏中の玄関で、職員室に呼び出された安田を待っていると、以前卵焼きをくれた藤くんが来た。


「まだ学校に残ってたんだ」
「あぁ、ちょっとな」


トントン、と靴に履き替えた藤くんは外を見て嫌そうな顔をした。
わかりやすい子だな。


「げ、雨かよ」
「藤くん、傘は?」
「……持ってない」


めんどくさそうにため息をつく彼にはい、と持っていた傘をさしだした。
男の子が使っても恥ずかしくないシンプルなデザインだからきっと平気だろう。

すると藤くんはきょとんとしていて、なんか少し可愛かった。


「お前のだろ」
「折り畳み傘持ってるからいいよ」
「じゃあそっち貸して」
「藤くんおっきいんだから折り畳み傘だと濡れるよ?」
「……悪い」


私の傘を受け取ると「今度なんか礼するから」と帰っていった。なるほど、モテるわけだ。
別にお礼なんていいのに、そんなつもりじゃなかったんだけどな。

雨が止まない景色をぼーっと見ていると、カタン、と音がして振り返ると安田が突っ立っていた。


「…安田?終わったの?」
「え、あ、あぁ」


声をかけるとハッとしたように動きだした。
…変なの。


「…お前、藤に傘貸したの?」
「うん」
「なんで?」
「なんでって…傘忘れたらしいから」


それ以外に傘を貸す理由なんてあるんだろうか。
ヤツはついにボケたのかもしれない。


「折り畳み傘持ってるから大丈夫って嘘ついたら借りて帰っていったよ」
「嘘かよ!」
「安田の傘があるからいっかなーって」


安田んちはうちの隣の隣だから傘が一本でも問題ない。少し肩が濡れるかもしれないけどずぶ濡れよりましだ。
急に静かになった安田を見上げると、ヤツは驚いた顔で口元を手で押さえていた。


「…そんなに俺と相合傘したかったのか」


コイツの脳内どうなってんの。


「相合傘なんて初めてじゃないじゃん」
「そうだけど!…つか本好と何話してたんだよ!休み時間!」
「本好くん?…あぁ、あれか」
「お前の手をタッチしてただろ!ソフトに!」
「なんか本好くんが安田を試してたみたい。いや、遊んでたみたい」
「は?俺?」


なんで俺?と安田は不思議そうに首を傾げた。
できれば察してほしかったんだけど…馬鹿だから無理か。期待した私が悪かった。


「なぁ、なんで?」
「…本好くんがさ、その、安田は私のことが好きなのかって聞いてきたから、」
「………」
「違うんじゃないかな、って言ったら手重ねて、安田の反応を見ようって…」
「……マジで」
「マジですけど」
「いやそーじゃなくって…マジで伝わってないの?」
「……安田、お願いだから主語つけて」


伝わってないも何も、今の発言が伝わってないからね。

説明に少し緊張していたせいか、変に力が入っていた肩が下がる。
なんか、気が抜けた…!


「えっとさぁ、名前は俺が好き…なんだよな!?」
「…うん」


恥ずかしくなって視線を逸らすと「そうか…」と安田が呟いた。


「俺はさ、名前が…」
「………」
「…す、好きなのかな!?」
「っ知らないよ!もう帰るよ!」


傘立てから安田の傘を抜いて、バッと開いてから玄関を出たけどヤツは突っ立ったまま。
エロリスト様は濡れて帰るつもりなんだろうか。変態だからありえるかも、なんて。


「…帰るよ、ミツくん」
「!…あぁ」


正直緊張しすぎて帰り道のことはあんまり覚えてない。


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