そして始まりの鐘が鳴る |
丸まった肩が印象的だった。 お昼休み。いつも通り友達の教室でお弁当を食べて、午後の授業やだねーなんてお喋りしていたら時間が過ぎるのはあっという間だった。予鈴が鳴り、友達にしばしの別れを告げ教室へ戻る。すると、後ろの扉の前に見慣れない後ろ姿の男の子がいた。 金に染めた髪は伸びて黒がハッキリ見えていた。見事なプリンだ。こんな目立つ髪なら知っているはずだから、やっぱり下級生だと思う。先輩に会いに来たのかな、と彼の横を通り過ぎた。振り返って顔を見てみたけれどやっぱり知らない。 様子からして探し人はいないらしい。思い切ってを声掛けてみるつもりで一歩近づけばすぐに目が合った。わ、猫みたいな目してる。 「誰か探してる? もうすぐ本鈴鳴っちゃうよ」 「……うん」 ……すぐに目を逸らされてしまった。 プリンの子は俯き気味に困った表情を浮かべていて、それでも教室へ戻ろうとしない。きっと無視はされなかったから、迷惑ではない、と思う。なんだかこの子が気になって放っておく気にはなれなかった。 「伝言があるなら伝えるよ。うちのクラスも先生来ちゃうし、怒られないうちに教室へ戻――」 「あの、クロ……黒尾鉄朗、」 「黒尾くん? あ、まだ戻ってないみたいだね」 「うん」 黒尾くんの席はあそこだよと指を差す。教えた方向を見る彼の目は、猫の目のようにギョロッと動いた。 「どうする?」 「辞書、借りに来ただけだから」 「うん」 「いないなら、いい」 「? でも授業で使うんだよね?」 「うん」 「私の貸すよ」 「え、」 「待ってて」 え、ちょっと、なんて声はこの際スルーして、急ぎ足で電子辞書を取りに行く。今日はもう使わないし、貸しても問題ないのだ。いまだ困り顔の彼に手渡すと、おずおずと受け取った。 「返すの今度でいいから」 「でも、」 「もしかして迷惑だった?」 「それはない、けど」 「じゃあいいじゃないの」 「……じゃあ、借りる。先輩のなま――」 ――キーンコーンカーンコーン 「わっ!本鈴鳴ったよ、走れっ!」 「…っ……!!」 背中をトンッと軽く押し出せば、その勢いにまかせてプリンの子は帰っていった。 一度だけ振り返って何か言いたげにしていたが、時間が時間なので今度聞かせてもらおう。自分なりに精一杯の優しい笑顔を浮かべ手を振る。彼はというと、ふいっと顔を逸らしてそのまま角を曲がってしまった。反応はなかったけど、なんとなく気分はよかった。 結局、黒尾くんは授業に遅刻した。 ********** 「おはよー!そんで、誕生日おめでと!」 「わー!ありがとう!何かちょうだい!」 「催促してくんのかよ!まぁあげるけど。ハイ」 「わーーい!ビスコだ!大好き愛してるーっ!」 「それでいいのかアンタ」 18回目の誕生日の朝。 登校すればすぐに友達が祝ってくれる。 ノリでプレゼントを要求すれば、ツッコミながらもカバンの中を探って、コンビニの袋を差し出してくれた。中身は私の好きなお菓子がたくさん入っている。やったー! 本当は覚えていてくれるだけで嬉しいけど、こうして準備してくれていたんだなぁと思うとくすぐったい気持ちになる。 「お、誕生日なの?おめでと!」 「おめでとー!」 「わーいありがとう!」 「え、誕生日なの? んーじゃあ、これやるよ」 「チョコだ!ありがとう黒尾くん!」 会話が聞こえていたらしく、クラスメイトからもお祝いの言葉をいただいた。うれしい。 ひとつひとつ返事を返していれば、ちょうど教室へ入ってきたばかりの黒尾くんにも声を掛けられ、なんとチョコをいただいてしまった。うれしい。 「そうだ、研磨知ってるよね?」 「けんま?」 「おー。アイツ」 黒尾くんが指したのは入口。そこにいたのは辞書を貸したプリンの子が、まるであの時のように中を覗き込んでいた。 「辞書返しにきたんだと」 「へえ……すごく居心地が悪そうだけどいいの?」 「じゃあ呼んであげてよ、研磨くーんってさ」 「いいけど、私が? 研磨くーん!」 「っ!?」 なぜか黒尾くんはニヤニヤしていたが、言われた通りに呼んでみた。すると彼はおおきく肩を震わせて、状況がわからないと言わんばかりに眉を寄せた。黒尾くんは違う意味で肩を震わせ、おかしそうに笑っている。 おいでおいで、と手招きすれば、周りを気にしながらおそるおそる近寄ってきた。姿は警戒している猫のよう。そばにやってきたプリンの子……えっと、研磨くん、は、黒尾くんをひと睨みしてから私を見た。目は合ったけどやっぱりすぐに逸らされてしまった。 「これ、ありがとう」 「どういたしまして。授業遅れたけど、先生に怒られなかった?」 「怒られた」 「やっぱり。黒尾くんのこと待ってたのに、なかなか戻ってこなかったもんね」 あの時のことを思い出して苦笑いする。黒尾くんが遅刻しなければ研磨くんも授業に間に合ったかも?――なんて、たらればの話をしても仕方がない。 「なに、俺のせいなの?」 「クロも遅刻だったじゃん」 「でも、黒尾くんが遅刻したから私は研磨くんと知り合えたよ」 「! へえ?」 「…………」 えっなんだろう。その目つきは。二人とも探るような視線で見てくる。何か裏があるとでも思われたかな?下心とかじゃないんだけど、普通に仲良くなれたらなあって思ってるだけで……ってそれも下心になるのかな。 そしてどっちを見ればいいのかわからずキョロキョロしてしまった。 「二人とも俺に感謝しろよ?」 「もちろん。お礼にこれ差し上げます!」 「おう。ってこれさっき俺がやったチョコレートだろ」 「あははっごめんやっぱりあげられない!」 「いらねえよ。あ、研磨、こいつ今日誕生日なんだってさ」 「誕生日?」 「うん、そうなんだー」 「……、…………何か欲しいモノある?」 長い沈黙であった。 どうやら誕生日だからと気を遣ってくれていたらしい。 出会ったばかりの年下くんに物をたかるつもりはなくて、気持ちだけでいいんだよと伝えれば微妙な顔をされてしまった。 「でも、クロからは貰ったよね」 「うん? そうだね」 「…………」 ま、また沈黙が。 気を遣わせないように、困らせないように、と断ったつもりが逆に困らせてしまったみたいで。 何をそこまで気にするのかはわからなかったけど、その気持ちは嬉しい。もちろん貰えるものは貰うけど、会ったばかりの彼から本当に貰ってしまっていいのかな……? 研磨くんの扱いに慣れていそうな黒尾くんは助け舟をだすように口を開いた。 「辞書のお礼も兼ねて何かしたいんだと思うから、貰ってやってよ」 そういうことなら。 「じゃあお言葉に甘えちゃおうかな?」 「うん」 「おい研磨、自分から言ったくせに何を要求されるかビクビクしてどうするんだよ」 「……クロはだまってて」 「大丈夫だよ、高いものとかじゃないから」 「? 何」 研磨くんは小首を傾げた。 二人は本当に仲が良いと思う。まるで兄弟みたいに会話のテンポがいいのだ。 見ていて微笑ましくて、それでもって羨ましくて、彼にこんなお願いをしてみたくなった。 「研磨くんのアドレスを教えてくださいっ」 スマホを取り出して胸の位置で掲げて言う。 想定外、と言わんばかりの顔の研磨くんに笑って「仲良くなりたいなぁって思ったの」と素直に胸の内を伝える。恥ずかしいことも隠すことも何もない。 視界のはしっこで黒尾くんが笑った気がした。 「え……そんなんでいいの?」 「いいよ。ダメだった?」 「それじゃお礼にならないし」 「でも黒尾くんだけずるいよ、研磨くんと仲良いなんて」 「…………」 「ブフッ、研磨が照れてるっ」 「っクロ!」 照れたらしい研磨くんは黒尾くんを軽く叩いた。その顔はあかくなっていて、初めて研磨くんの表情が変わった……!と目を丸くして驚いた。 出会ってからずっと、無表情か困り顔だったのに……! 思わずじっと見つめてしまっていると、視線に気づいた研磨くんは気まずそうに目を逸らした。 と思ったらもう一度目が合い、そしてちいさく笑った。 「……っ、おれも聞こうとおもってたから」 「え?」 「だからお礼にはならないよ」 後ろで予鈴が鳴り響く。 それは始まりを知らせる鐘の音らしい。 ――――――――――― 〜おまけ〜 「研磨とはどうよ?」 「順調かなあ。目もだいぶ合わせてもらえるようになったし」 「へえ……それ以外は?」 「あ、ツムツムで競い合ってるよ!研磨くんうまいから全然勝てなくって!」 「(つむつむって何だ…?)」←ガラケー (友達の誕生日に捧げた研磨夢/オメデト!) |