ぬるいじかん

残念ながら今年も降りそうにない。
いわゆるホワイトクリスマスなんて数年に一度あるかどうかだ。
ここより北に住む人は、嫌ってほど経験しているだろうけど。

空を仰げば一面に広がる雲。まるで私の気持ちが表れているかのようだ。
ポケットに手を突っ込めば指先にいつ入れたかわからない小銭が当たり、自然と足は自動販売機へ向かっていった。


「ねえ…何してんの」
「……ん?」


あたたかいココアを取り出そうとすれば後ろから声がかかり、そのまま振り返ってみると友人の後輩がジャージに身を包んでいた。
何故か微妙な表情を浮かべている。


「おー…なんだっけ。あのー、カッコいい名前の少年だ」
「越前リョーマ」
「あーそれだ!いつ聞いてもカッコいいね」
「…どうも」


越前さんってあんまりいないし、リョーマって名前もカッコいい。初めて聞いたときはカタカナでしかも伸ばし棒があることにすごく驚いた。珍しい名前だけどぶっ飛んでなくてご両親のセンスが素晴らしいと思う。

越前くん、越前リョーマくんね。


「寒いのに部活大変だね。手塚に走らされてない?」
「別に…。ていうか俺の質問に答えてよ」
「ごめんごめん。…で、何だったっけ」


悪気はないの、とアピールするように力なく笑う。


「何してんの?って」
「あぁ、今日補習なの」
「へぇ…アンタ何でもできそうなのに」


意外とバカなんだね、とでも言いたいのだろうか。
手塚から聞いている通り生意気な一年生だと思う。そこが可愛くもあるのだが。


「体調崩して学校休んでたから、テスト受けられなかっただけ」
「ふーん」
「今はもう元気なんでご心配なさらず」
「…アンタって図々しいね」


あ、今わらった。
バカにするように鼻で笑ったり、ニッと口角を上げる笑い方なら見たことがあるけど、眉を下げる笑い方は初めて見た。レアな越前くんゲット。


「アンタじゃなくて、名字先輩ね。せ、ん、ぱ、い」
「…先輩、名字っていうんだ」
「あれ知らなかったの。手塚のオトモダチやってる名字名前ですよろしくー」
「今更だね」
「あははっ」


少しぬるくなってしまったココアのプルタブを開けて、一口含むとココアの甘い味が広がる。
そういえば越前くんは休憩なのかな。時計を見ると補習まであと30分もあった。つまらないけど外は寒いし、中に入ろうかな。


「先輩も、カッコいい名前なんじゃない?」


ぴたりと私の手が止まる。
あの越前くんが褒めてくれるとは。驚きのあまりじっと見つめてしまったせいか、その視線から逃れるように目を逸らされた。


「……あ、ありがとう。でもそこは、可愛いって言うべきなんじゃないかなぁ」
「…………」
「だって女の子だし…。そういうところが“まだまだだね!”」
「………はぁ」


彼の冷めた視線が突き刺さった。その上、わざとらしいため息さえ聞こえている。
いや、確かに空気読む場面だったかもしれないけど、アドバイスとしては間違ってないと思うんだ。今訂正してあげないと、いつか失敗してしまう時がくるかもしれない。

まぁ、越前くんに言われるなら可愛いでもカッコいいでも、なんだって嬉しいと思うけど。


「……先輩ってやっぱり図々しいね」
「あはは、そりゃどうも」
「褒めてないんだけど」
「越前くんがカッコいいのは名前だけじゃないよ」
「…………」
「っていう風に、女の子に言ってあげましょう」


もちろんカッコいいじゃなくて可愛いってね。
わざとらしくにっこり笑みを浮かべれば、再び冷めた視線が突き刺さる。今日は一段と寒いね。
飲み終えた缶をゴミ箱に捨てて、越前くんに向かいなおす。


「何か買いにきたの?」
「今更それ聞くんだ」
「うるさい、今なら先輩が奢ってあげよう」
「…ファンタ」


急に素直になった後輩がおかしくて、小銭を入れながらくすくす笑っていれば後ろから笑わないでよと拗ねたような声が聞こえた。生意気な彼は子供っぽさが残っていて随分可愛らしい。
手塚なんて同い年とは思えないくらい大人びている。そんな彼も一年生の頃は可愛げがあったんだろうか。……いや、おそらくなかった。

あまりにも酷い想像しかできなかったので早々に頭から消し去り、越前くんに缶を差し出す。


「はい、プレゼントフォーユー」
「発音どうにかならないの」
「こんなん伝わればいいのよ」
「日本人にしか伝わらないと思うけど」
「越前くんに伝わればいいのいいの!」


肩をポンポン叩くと、呆れるような顔でダメじゃんと呟いていた。そんなマジな声色で言うのやめてよ越前くん。手加減してよ帰国子女。
もう一度時計を見上げれば、あっという間に時間が経過していてもうすぐ補習が始まる時間だった。じゃあそろそろ行くね、と声をかけて越前くんに手を振りながら校舎へ歩き出す。さっきまで曇っていた空はいつの間にか晴れていた。



「名字先輩!」
「んー?」


呼び止められて素直に足を止める。何かあったのだろうか。不思議に思いながら大きめの声で返せば、いつも通りの不敵な笑みを浮かべる越前くんが口を開いた。


「Merry Christmas!」



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& Happy Birthday!



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