夏祭り2013

バイトが終わり外に出れば空は薄暗くなっていた。夏は日が長くて助かる。
比較的、電灯の多い道を選んで帰っているけれど、それでも外は暗いし変な人も多い。全然怖くないといえばウソになる。

にしても今日は人が多い気がする……。
何かあるのかなぁと考えていた時、浴衣を着た女の子を見てピンとくる。
そうか、夏祭りだ。一緒に行く相手がいないからすっかり忘れてしまっていたけれど。

歩を進めるにつれにぎわう人の声がよく聞こえてくる。かすかにだけど、ソースのいい匂いも飛んでくる。ごくり、唾を飲み込んだ。

………ちょっとだけ寄って帰ろう。お土産、買って帰ろう。





**********





屋台が連なる道をゆっくりと進む。
とりあえずやきそばは持ち帰るとして、かき氷も食べたいなぁ。今年の夏は一度も食べてないんだよね。あー、わくわくしてきた!

目に入ったじゃがバターの文字に吸い寄せられるようにふらふら近付いたその時。パシッと腕を掴まれてその勢いで振り返る。


「あ」
「やっぱり。オムライス泥棒だ」
「こんばんは神崎さん」


にやあと口角を上げ、わざとらしい棒読みで「コンバンハ」と返ってくる。
うん…このチョット嫌な感じ、間違いなく神崎さんだ……!
気まずく感じながら様子を窺うように見上げてみた。ら、左のほっぺたをつままれた。

「いたっ!痛いっ」
「オマエ顔に出てるんだよ」
「なんにも考えてまへっ……いはっ!いはいれふー!」


今度は右もつままれた。ちくしょう。
彼なりのやさしさなのかつまむ力はそれほど強くないけれど、ずっと引っ張られていれば痛く感じるもの。
なぜ私は美少年の前で間抜けな顔を晒しているのか。屋台の誘惑に負けずにまっすぐ帰宅すればよかった、と心の底から思った。


「え?何言ってるかわかんない」
「ほれはかんらきはんがりょーほーひっぱうから!」
「ん?」
「〜〜っ!かんらきしゃん!」


ぐっと睨めば放してくれる、と思っていたのに、神崎さんは笑みを深くするばかり。


「なーに、名前」
「……。はなひれ」


頬が熱く感じる。つまんでくる手を掴んで頬から外そうとすれば、それは意外にもすんなりと離れた。
が、今度は手を掴まれる。

……神崎さんはなにがしたいんだろう。


「オマエぼっちなの?」
「…確かに一人だけどぼっちって言わないでください」
「ぼっちじゃん」
「神崎さんもぼっちじゃないですか!」
「はぁ?違う、ふたりが勝手にどっか行っただけ!」
「……それって、神崎さん迷子なんじゃあ」
「ふざけんな」


ぐいっと手を引っ張ってずんずん進んでいく神崎さん。右手が繋がってるため着いていくしかない。
あああ、じゃがバターが食べたいのに遠ざかっていく……!


「イカ焼き食おー」
「え、私も?今はじゃがバターの気分なんだけ…」
「おっちゃーん、イカ焼き2つチョーダイ。七味マヨたーっぷりね!」
「あいよ!」
「……………」


……あいよじゃないです。





**********





「はーっ、食った食った!」
「じゃがバター……」
「それまだ言ってんの?クレープに付き合ってやっただろ」


うえーっと舌を出す神崎さん。
先ほど神崎さんにクレープを奢ってあげた。サラダ系ではなくスイーツ系。ちょっとした仕返しのつもりだったが、本当に甘いものが苦手なようで、反省しています……うん。
でも散々連れまわされたんだから、これくらい許してもらわないと。

それにクレープの後、塩っぽいのが食べたくなって購入したフライドポテトに、神崎さん持参のチリソースをかけられた恨みもある。あれはほとんど神崎さんが食べてしまったし。
……まぁ、なんだかんだ楽しかったけどね。


「もうすぐ花火が打ちあがる時間だけど、見るだろ?」
「え?あっもうこんな時間か……見たいけどそろそろ帰らないと」
「ちぇーっ、いいじゃんあとチョットだし」
「うち門限厳しいんですよ……花火見たら走って帰ることになっちゃう」
「いいだろ、走れよ」
「やですよ……」


嫌だと言っても聞いてくれない人だというのは分かってるのでほとんど諦めモード。隣を見れば神崎さんは空を見上げていて、つられて見上げれば同時に花火が打ちあがった。ナイスタイミング。


「走って帰れば防犯になるだろ、走れ」
「私を襲うような人いませんよ……今日は浴衣美人がたくさんいるんだし」
「あ、そーじゃん。何で浴衣着てねーの?」
「バイトだったんですよ。ついでにふらっと寄ったんです」
「ふーん」
「神崎さんは?誰かと一緒だったんですよね」
「あぁ男二人な。どっかで食ってるんじゃね」
「いいんですか?合流しなくても……」
「うん。男といてもむさ苦しいだけだろ。名前といる方が何倍もイイ」
「……そうですか」
「うん」


それから無言が続いたけれど、気まずい雰囲気はなく。繋がれている手をぎゅっと握れば、控えめに握り返される。自分の熱が相手に伝わっていくようで少し恥ずかしい。けれど、それは神崎さんも同じだと思う。
どんどん空に打ちあがっていくきれいな花火を、ふたり肩を並べて見上げていた。珍しく穏やかな時間だった。





**********





「オラ、走って帰れよ。止まるんじゃねーぞ」
「それは無理です…!」


花火も終わり、神崎さんもお連れの二人から連絡がきたらしく、お開きになった。
さっきまで繋がれていた手も今は自由になっている。
メインが終わったからか帰る人も多く、きっと夜道も怖くないだろう。ただ時間がないから結局は走ることになるんだけど……。

時計を見ればそろそろヤバイ。走ってもぎりぎりだ。お父さんに叱られてしまう。普段穏やかな父親も怒ると怖いのだ。心配してくれているからだと分かっているからこちらも強く出られない。
早く別れを告げねばと顔を上げた瞬間、先に神崎さんが口を開いた。


「神崎さんとのお約束。その一、走って帰ること。寄り道はすんな」


神崎さんが人差し指を立てる。
いきなり、何だ。


「その二、誰かに声を掛けられても無視」


……それはチョット無理だ。知り合いだったり、道聞かれたり、するかもしれないんだから、無視はさすがにできない。
なんて考えていたことが顔に出ていたのか、「ゼッタイ無視!」と睨まれてしまった。ハイ、と言わざるを得なかった。


「その三、何かあったら「助けてください、神崎サマ」と叫ぶこと」
「ぜっ……絶対嫌ですよ…!」
「あははっ」
「あははって……」


帰れと言うわりに引き留められている気がする。しかもからかわれている。神崎さんは本当に自由気ままな子供のようだと思った。
脱力するようにため息を吐けばまたケラケラと笑われる。


「じゃー、叫ばなくてもいいよーに。無事に帰れるよーに、おまじない」
「おまじない…?」
「うん。動くなよ」


動くなよと言われても二の腕をがっちり掴まれてしまってとても動けない。お願いだから二の腕はやめてほしい……贅肉がバレるからやめてほしい……!
そっと顔が近付いてきたのに驚いて、反射的に後ろに下がろうとしたが身動きが取れない。待っての一言も言えず、私は固まったまま。――頬に触れたのは一瞬だった。


「……バァーカ」
「え!?」


な、なんでバカと罵られたんだろう。わからなかった。頬の感触も、その理由も。
時間のことなんて頭からふっとんでいった……それどころじゃなかった。

通常運転に戻っている神崎さんに戸惑いながらも見上げれば、思っていたより近い距離で視線が絡み合う。私と同じようにその頬は赤らんでいて、ああこのどきどきも同じなんだって思うと余計にどきどきした。

骨ばった細い指がそっと、私の唇にふれて、なんだか甘く匂う雰囲気に目を逸らしてしまいたくなったけれど、夕暮れのようなあかるい瞳からは逃げられなかった。
ずっと見つめていたくなるようなきれいな色。


「――名前」


こんなに近くで見ていても神崎さんはきれいな顔立ちをしていると思う。でも私は違う、普通の顔だからこんなに近くで見られてしまうのは恥ずかしい。なのに、まっすぐ射抜くように見つめられるのは、すごく嬉しいと思った。


「ここに、されると思った?」


その言葉の意味を理解したとき、かあっと顔が熱くなった。その反応がお気に召したのか、神崎さんは口元を緩めて笑う。私は恥ずかしくてたまらないというのに。


「ここはまだダメ、俺がダメ、我慢できなくなる」
「え、えぇ……?」
「可愛い顔すんなバーカ」
「してない…!」
「してるだろ」
「目がおかしい、だけです…」


面と向かって可愛いと言われて耐えられるわけがなく、さっきとは打って変わって夕暮れが見れなくなっていた。
恥ずかしくてどきどきして胸も頭もいっぱいいっぱいなのに、逃げられるのは視線だけ、二の腕はまだ掴まれたままで帰れやしない。抵抗してみたがうんともすんとも言わず。
神崎さんは可愛くても男の人なんだと改めて感じてしまい、また恥ずかしくなった。

そんな私に追い打ちをかけてきた意地悪な男の人。


「うん、おかしいかも。名前にやられちゃってる」
「〜〜〜っ!」


お父さんごめんなさい、とてもあつくてまだまだ帰られそうにありません――。


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