04

「あ、オムライス泥棒じゃん」
「……その呼び方はやめてください、神崎さん」


そう、オムライス事件(?)で出会ったあの人だ。

あれ以来、店内でちょくちょく遭遇するようになり、会うたびに「オムライス泥棒」と呼んでくる。自己紹介しあったにもかかわらず、彼――神崎さんは強情だった。
当然のように目の前に座り、オムライスのケチャップ無しとコーラを注文した。


「今日はあるんだろ?」


……なんて、私に棘を飛ばしながら。

私たちの事情を知っている新マスターはくすくす笑いながら「うん、あるよ」とキッチンへ戻っていった。


「あーよかった、どっかの誰かサンに食べ尽くされてなくて!」


可愛い顔をしてとんでもない性格をしている。
食べ尽くす、なんて人を大食いみたいに言わないでほしい。私はただ美味しいものを食べることが好きなだけだ!
で、今日オーダーしていたのはエビチリ。

……つまりオムライス事件の日に神崎さんが食べたもの。

なんという偶然。なんという皮肉。


「それ普通のエビチリだろ?バカだな、俺特製が一番うまいのに」
「……その“俺特製”って何なんですか?」
「そのままだけど」


自分からを話降ってきたくせに雑な対応をするのはやめてほしい。
初対面のときまさかと思っていた子供っぽい性格はその通りだったらしく。そういう性格だと分かっていれば、それなりに対処できるので気にはしないけど。こまったさんです。

ほかほかのオムライスが届き、嬉しそうな顔でイタダキマスと手を合わせた姿は、こんなにも可愛らしいのに。
ケチャップ無しのオムライスを注文するなんて変わってるなぁ……ケチャップ嫌いなのかな。ぼんやりと眺めていれば、何見てんだよと睨まれてしまった。
うん…短気だな…!


「ごめんなさ……何してるんですか」
「見て分かれ」


にっこり。

無邪気そうな笑顔を向けられるが正直もう可愛いとは思えなかった。だって彼の手には赤と緑のチリソース。落下地点はきれいな卵の上。そこには既にチリソースの海が広がっていたのだ。


「辛党?」
「うん」
「いつもこう?」
「うん。なんか文句あんの」


あるよ。

目の前でそんなヤバイモノ。
口元を押さえつつ、どぽどぽとクリスマスカラーが広がっていくオムライスを眺めていた。
な、なにこのショッキング映像。

もしかして俺特製って尋常じゃない辛党である神崎さんのために作られる激辛エビチリか……!
なんだか知らないままの方がよかった気がした。

気が済んだのかやっとスプーンを手にし、赤と緑の想像を絶するハーモニーを生み出すオムライスを掬って、なぜか私の方へスプーンを差し出す。


「食べたいんだろ」
「え!?」
「ずっと見てたじゃん」


ほら、と差し出されたそれは既に唇に当たるほどの近さにあり、口を開けばすぐさまつっこまれそうである。
まさか、嘘でしょ…!!


「あーーん」


嫌だ。


「ほら泥棒、口開けろ」


絶対嫌だ。

強情な彼に強情な私。はたから見れば異質な光景だろうが、死活問題。よくあるあーんとは違うのだ。ラブい雰囲気など一ミリも存在しない。
辛い物は多少なら食べられるけど、強いわけじゃない。あの…血の海のようなチリソースオムライスは勘弁してほしい。
目で訴えてみるも神崎さんは変わらず笑顔のまま。


「あーけーろー」


――それも今まで見たことがないくらい、あまーーい笑顔を浮かべていて。





「名前、あーーん」




……折れた私がどうなったかは秘密ということで。


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