03

大学を出た途端に雨が降ってくるなんて笑えない冗談だ。
ぽつぽつ程度だったので気にせず歩いていた。あとはもう帰るだけだし、多少濡れても問題ない。と思っていたのに、

ザァアアアア……

雨はキツくなる一方で、ついに髪はびしょびしょ、服も体にへばりついて気持ち悪い。こんな姿で電車に乗るわけにもいかず、いつものレストランの前で雨宿りすることにした。
びしょ濡れで中に入るわけにもいかないが、そのうち服も乾くだろう。
まだ止みそうもない空を見上げてちいさく息を吐いた。



五分も経たないうちに肌寒くなりぶるっと体を震わせる。しかしまだ雨は止まずにザァザァと音を鳴らしていた。ついにくしゃみも出てきて、あっこれは風邪をひくと確信したとき。

びちゃびちゃと地面と水たまりを蹴る足音とともに、私と同じく全身びしょ濡れの男性が現れた。迷いもなく店に近づいてくる様子に、ああ彼も雨宿りかと横に少しずれてスペースを作ってみた。
が、彼はずんずんと突き進み、そのまま扉を開けた。


――なぜか、私の腕を掴んで。


「え」
「いらっしゃいませ!って、剣人さん!?」
「タオルくれ、俺とこいつの分」
「う、うんっ!ちょっと待ってて!」


新マスターがばたばたと店の奥に走っていった。
私たちの足元を見ればびちょびちょ。当然店の中に入れば店の床もびちょびちょになるわけだけども……この人ためらいもなく入ったな!
知り合いだとしてもすごい度胸だ…私が新マスターの立ち場なら絶対やだ。お引き取り願ってたわ……

先程と同じようにばたばたと走ってきた新マスターにタオルを手渡された。
本当にありがたい……


「あの、お姉さんは紅茶飲めますか?」
「え?好きですけど…」
「剣人さんはホットですか?」
「ああ」
「お席におかけになってお待ちください。すぐにお持ちしますから!」


またばたばたとキッチンへと向かった新マスターの背中を見つめる。
……あの子すごい良い人だ。

いつの間にか私の腕は自由になっていたので、髪や体からある程度水分を拭き取り、入口から一番近い空席に腰掛ける。外を見ればさっきより雨はましになったように見えるが、傘なしで帰れるようには思えなかった。

人の気配に前を向けば、さっきの男性が私の前に座っていた。


「これ以上、床濡らすわけにはいかないだろ」


あ、この人、床濡らして悪いと思ってたんだ。

目をぱちくりさせる。なんだ、てっきり気にしない人かと思ってたよ。
眉を顰めながらも口元は緩んでいて、改めて見れば彼はめちゃくちゃイケメンだった。ワイルドな感じの。

最近イケメンと相席してばっかだなぁと山菜そばの人を思い浮かべてみたけれど、してばっかといってもこれが2回目だった。


「おまたせいたしました、ホットと紅茶です」
「あ、ありがとうございます。何から何まで…」
「いえいえ、気にしないでください!」


にっこり笑ってくれた顔にほっとする。
でも床を濡らしてしまったことには変わりないんだし、今度お礼しないと。





結局雨が上がるまで会話はなかったけれど、不思議と気まずくならなかったのは彼の表情が穏やかだったから。
きっと言葉はそっけないけれど心やさしい人なんだろう。


「――止んだな」
「きれいに虹が出てますね」
「ああ。帰るか」
「はい」


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