エイプリルフール神崎透の場合 |
「神崎さん、私、彼氏ができた」 手を滑らせたスプーンはガチャンッと大きな音を立て皿へ落下した。その際テーブルに跳ね飛んだチリソースには一切目もくれず、神崎さんは目をかっぴらいて口もぽかんと開きっぱなし。呆然といった様子で私を見ている。 「え。は? 彼氏? お前に?」 失礼な。 「私にだって彼氏くらいできますよ…」 思わずムッとした。そこまで驚かなくたっていいじゃないですか…! 私にだって彼氏の一人や二人。いや、二人もいらないけど。 神崎さんはスプーンを持ち直してシーフードカレーを突く。その表情は険しかった。 「ありえねーっ! 誰だよ。学校のヤツ? 趣味ワルッ」 「高校時代の男友達なんです。……まあ嘘なんですけど」 「は……?」 またもだらしなくぽかんとした顔になる神崎さんに、私は笑いが止まらなかった。騙してごめんなさい。まさかあの神崎さんが、ここまで簡単に騙されてくれると思わなくて……! 「嘘?」 「はい。エイプリルフールなので小さい嘘ついてみました!」 「エイプリルフールって……お前そんなキャラだったっけ? つーかお前の分際で嘘なんかついていいと思ってんの?」 「えええ……!? ごめんなさい、そこまで怒ると思ってなかったです……!」 「それに、小さい嘘じゃねーし……」 神崎さんが小声でぼそっと呟いたが内容まではわからなかった。そんな私をチラリを一度だけ見て、彼はふてくされたような態度で話を続ける。 「彼氏ができたらこうやって飯食えなくなんだろ……全然小さい嘘じゃねーよ」 「神崎さん……」 「……。なーんてウッソー! バーカバァーカ!」 「んなっ……!!」 人がせっかくじーんとしていたというのに……! なんて男だ神崎透…! 仕返しが早すぎるぞ! とはいえ文句は言えない。先に嘘をついたのは私なのである……。 「名前、知ってた? エイプリルフールについた嘘はその年に実現しないんだって」 「えっ、そうなの?」 「うん。だから今年、お前に彼氏なんかできねーから」 や、やっちまった……! 頭を抱えて机に伏せた私を見てゲラゲラ笑いだす神崎さん。くそう、私は泣きたいよ。 「ま、いーんじゃね? お前は大人しく俺と飯食ってれば?」 そっけない言葉とは裏腹にその声色は優しい。顔を上げれば穏やかに微笑む神崎さんが見下ろして「なっさけねー顔」と、また笑った。 ……神崎さんが楽しそうだからいっか。なーんて。 |