09

「呆れて何も言えねーよ」
「ハイ……」


入店した神崎さんは迷わずこのテーブルへ一直線だった。「おい」と鋭い声と視線を浴びせられ、ずっとこんな調子。

心当たりはあった。


「あれだけ喋っておいて気付かないとかどーゆーコト?」
「自分でもそう思います……」
「この神崎さんにオーラがないって言いたいワケ?」
「とんでもございません。アイドルのようにカッコいい方だと思っていました」
「トーゼンだろ。アイドルのようじゃなくてアイドルなんだから」


ストローをいじっていた神崎さんは私にそれを向ける。先端から垂れそうな滴に気を取られているとわざとらしくため息を吐かれた。


「ま、アイドルって型に嵌まってやるつもりねーし」
「自由ですもんね神崎さん」
「なーんか言った、鈍い名前ちゃん?」
「言ってません」
「よろしい」


神崎さんが来てから手を付けていなかったぴりから餃子は少し冷めてしまった。それでも新マスターの料理はおいしいからいいんだけど……。冷めた原因を見ると「なんだよ」と唇を尖らせた。


「つーかケントと3Majestyにはもう会ったんだろ?」
「ケント……?」
「デカくてムキムキで肉食のヤツ」


……。それってもしかしてX.I.P.のケントのこと、かな?
分かりやすいような分かりにくいような説明どうもありがとうございます。


「その人なら多分、雨の日に会ってる」
「それだけ遭遇してて何でキョウヤさんには会わねーの? 避けてんの?」
「いやいや、偶然ですよ!それにあの人を見たらさすがに本物って気付いたし…」
「ホストかキョウヤさんかの二択じゃん」
「………そこまで絞れたら分かったようなもんです」


そう言うと神崎さんはおかしそうにケラケラ笑った。


「お前もなかなか言うね。チクっちゃお」
「やめて!」
「えー? どーしよっかなー?」
「やめてください神崎様!あっ、ぴりから餃子一個あげますよ!」
「一個? ケチだな、もっと俺に貢げばいいのに」
「なんてこと言うんですかあなた」


もっと俺に貢げばいいのにって、神崎さんそれじゃあキョウヤのこと馬鹿にできませんよ。あんたの方がホストですよ。
頬杖をつく神崎さんに「いらないならあげません」と言えば「いるし!」と睨まれた。お腹空いてるのかな。コーラしか頼んでないみたいだけど。


「名前、箸貸して」
「はいはいどうぞ召し上がれー」
「………名前さぁ、」
「? うん?」


箸を受け取ったまま動かす様子がない。神崎さんは悲しいような、困ったような、でも少し照れているような……とにかく複雑そうな表情を浮かべていた。


「俺に慣れたよな。緊張しなくなったし、話し方もなんかちょっと、アレで」
「……アレ?」
「態度が砕けたのは、懐いたみたいで……嬉しい、けど!可愛げがなくなった!」
「えっ!?」
「緊張してた頃の名前はからかい甲斐あって可愛かったのになー?」


複雑そうな表情から一転、それはもう楽しそうにニヤニヤと笑いだした。
対する私は正直、どんな顔をすればいいかわからない。

懐いたみたいで嬉しい?神崎さんが素直だ、怖い!でもそんなの私だって嬉しい。
可愛げがなくなった?や、やめてくださいイケメンに言われると悲しくて三日は寝込みます。
可愛かった?や、やめてくださいイケメンに言われると照れて三日は寝込みます。


「なにモジモジしてんの?」
「だ、だって神崎さんが急に素直になるから」
「うるさい」
「そりゃ…会うたびからかわれて振り回されたけど、なんだかんだ言って楽しかったですし」
「……うん」
「神崎さんと知り合ってから、此処へ来るのも以前より楽しみになりましたし」
「……へー」


そっぽ向かれてしまったけどちゃんと話は聞いてくれているようだ。柔らかそうな髪からはみだしている耳はほんのり赤くなっていた。


「可愛げがないって言われちゃいましたけど、その、居心地が良いです……今も」
「……あっそ!」
「神崎さん照れてる?」
「はぁあ? 調子乗んな!照れてねーよ!」
「ホントに? まぁ、そういうことにしとく。これからもよろしくね」


そう言えば一瞬驚きで目を見開いたがすぐに俯いた。横を見て、前を見て、やがて決心したように私と目を合わせる。……それも一瞬で、またそっぽを向いていた。


「こちらこそ」


いつになく素直な神崎さんに頬が緩む。そして残りのぴりから餃子はすべて彼の胃の中へ入っていった。


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