無言の日記帳 |
私の通う常伏中は今日も変わりない一日を送っている。 「なにあれ!?一年生の女の子が飛んでる!?」 ……変わりなく、騒がしい。 騒ぎの中心部を眺めていると向こうから見覚えのある白衣を着た男性と小柄な少年が駆けつけ、テキパキとその場を鎮め始めた。それらは妙に手慣れているように見えたが、トラブルに遭遇しやすい体質なんだろうか。そもそもこれはトラブルなんだろうか。そんなレベルで片付く話じゃないと思うのだけど。 だって飛んでたよ、あの一年生。ジャンプとかそんなんじゃなくて空中散歩してたよ…! ぽんぽんと疑問が浮かび上がったが、聞く時は今じゃないと判断した私はその場を後にした。 なんてカッコいいことを言ってみたが、ただ本が読みたかっただけである。 「ここにあった本知らねーか?」 いつも通り、本を読みながらカウンターに座っていれば奥の方から川嶋先生の声が聞こえた。膨大な図書を扱うこの部屋で、その質問はすごくアバウトだと思います。本棚からひょいっと顔を出した先生に微妙な表情を向けると、それはもう可笑しそうに「ほら、アレだよアレ!」とさらにアバウトな言葉を返された。 「無言の日記帳!」 ……ああそういえば。そんなものもあったな、と記憶の片隅から引っ張り出す。 常伏中図書室にまつわる七つもない不思議。それが【無言の日記帳】だ。 その日記帳がこの図書室に現れたのは一年前の春のこと。表紙に英語で日記帳と書かれているだけのアンティーク調のそれは、ただの日記帳とは思えないような厳重な鍵がかかっていて開くことができなかった。当時の委員たちは皆誰かの忘れ物だと思ったが、ただ一人、委員長は違ったのだ。 「“異世界の日記帳に違いない!”……つって。懐かしいよなーあのファンタジーオタク」 あれほど的確なあだ名はないと思った。 なんだかんだで図書室の奥の端っこの一番下という誰も手を付けない場所に保管されることとなり、それ以来一度も貸出されていないのが無言の日記帳だ。そもそも鍵がかかっているのだから当然とも言える。 「ないんですか?」 「ああ、読めない日記を借りるようなド変態いなかったか?」 何言ってるんだろうこの教師…。 「持ち主が取りに来たとか」 「今更だな」 「………」 「ま、ひょんっと出てくるだろ」 いやいや、そんなファンタジックな。 |