喝采 | ナノ


「何よ、どうせアルは私が産まれるずっとずっと前から色んな女の子にハグしてキスしてるんじゃない!何が自由の国アメリカよ!こんな国、大嫌いだわ!」

彼女がこんなかな切り声を上げる原因は、おかしな話だけど彼女自身。

「君今何て言ったんだい?悪いけどそのジョーク全然つまらないよ!この前一緒に見てたバラエティの素人コメディアンの方がよっぽど面白いね!」

俺の言うことは全くその通りだ。だって聞いたかい?この国で20年以上も暮らしてるっていうのに、自由の国を大嫌いだなんてどうかしてるよ。それを、よりによって俺に言うなんて、そんなのもってのほかだと思わないかい。

「残念ね、ジョークなんかじゃないからつまらなく聞こえるんじゃないかしら!」

本当なら今日は新しくできたテーマパークに行くはずだったのに台無しだ。取って置きのアトラクションをプレゼントするつもりでいたっていうのに、こんなんじゃそれは叶いそうにない。というのも、さっきも言った通り彼女がそもそもの原因だから。
今、俺達が怒鳴り合ってるのは真昼の彼女の家のリビングだ。広いリビングに大きなホワイトのテーブルが置いてある。そこに、一枚の写真が載っかっていて、映ってるのは彼女と俺が見たことのない得たいの知れない悪趣味な男だ。眼鏡拭きを借りようと思って開けた引き出しの奥に仕舞ってあったのを見つけた瞬間我が目を疑ったよ。まさかこんなものを大事に取ってあるなんて、全く理解出来ないね。

「アル、あなたに私の持ち物まで束縛される謂われは無いわ」
「俺が腹を立ててるのはそんなつまらない事じゃないさ。言ってるだろ?俺がいるっていうのにそんな写真を大切に仕舞っておく君が悪いって」
「同じ事よ。私の思い出は、私だけの思い出だわ。アルが何て言おうが私は悪いことなんてひとつもしてない。それにきちんと隠さずにこれが何なのか話したわ。それではいけないの?」
「わからないよ」
「どうしてなのアル。あなたにだって、昔の彼女は当然いたはずじゃない。私が今まで生きてきた分よりずっとずっとあなたには時間があった。私なんかよりもアル自身の方が大切な思い出ばかりじゃない」
「俺と君とじゃ全然違うんだよ、わからないのかい?」
「………同じだわ」

威勢の良かった彼女が突然俯いて、ぽつり溢すように言葉を紡いだ。俺はやっぱりどうしようもなく苛ついたままで、そんな彼女の態度にすら腹が立ってしまう。
こんな話をしたくないのは彼女も俺も一緒なんだ。話の根本を突き詰めてしまえば簡単にたどり着いてしまう二人の行き止まりは、とても冷えた高い壁。そればかりは、ヒーローの俺でさえ飛び越えることは不可能で。いや、違うよ。俺だからこそ飛び越えられない。わかってるんだそんなこと。だから耐えられないんじゃないか。この世にたったひとつ俺が成し遂げられないものがそれだからさ。君と、俺との、気が遠くなる程開けている抗えない距離を埋めること。それだけがいつだって叶わない。叶わないことが腹立たしい。だって考えてもみてくれよ、この俺に出来ないことがたったひとつでもあるだなんて、そんなの!

「わかったわ。ごめんなさい。私が悪かったの。この写真は捨てることにするから」
「…もういいよ、もうどうでも」
「アルがはじめに怒鳴ったのよ」
「そうだね」
「私の昔の恋人が、そんなに許せない?」
「ああ、許せないよ。どうしてだかわかるかい?」
「教えて」
「この、ヒーローの俺が、今まで君が付き合ってきたどの男達にも逆立ちしたって敵わないからだよ!」

そうなんだ。君の、どんな過去の男達にも俺は敵わないんだ。ビジュアルじゃはっきり言って負けない自信があるよ。それはもちろん。でもそうじゃない。
君はそうやって昔のままマトモな男と出会いと別れを繰り返していれば良かったんだ。俺なんかと出会わなければ、今ここでこんな真っ昼間から喧嘩をせずにすんだんじゃないか。
悔しいけど俺は羨ましいよ。こんな体で存在してることに誇りも親しみも持ってるつもりさ。でも、君相手じゃただのコンプレックスでしかないだなんて。だって俺は、君と同じスピードで目尻に皺を刻んでいくことも、白髪染めを助けあうこともできやしない。君の一生のうちの豪華絢爛の今を、俺は奪って奪って奪いたいだけ掠めとって、そのままそれを持って遠い所まで走らなきゃならない。そこに最果てなんてものは無いんだ。それがどれ程残酷なことかって、それもわかってる。わからない程馬鹿じゃない。かといって君を離してしまうことなんて絶対に無理な話だ。嫌だ、そんな思いは背中に銃弾の雨を降らされるよりずっとずっと嫌に決まってる。そんな葛藤を理由にして、君に優しさを与えられない自分がすごく嫌いさ。理不尽を押し付けてしまう自分が大嫌いさ。

「君、さっき俺にだって沢山思い出があるだろう、って言ってたよね」
「…言ったわ」
「良く聞きなよ。こんなに晴れた日にとっておきのアトラクションを二人で楽しみたいって思えるのも、朝、君が起きるまでずっとベッドで前髪を撫でていたいって思えるのも、何もかも全部君が初めてだ」
「そんなの…」
「嘘なんかついてない。そりゃあ女の子の体を知らなかった訳じゃいけど、こうして喧嘩をしたり何処かへ出掛けたいだなんて思えた人は君だけだよ」
「本当なの?」
「やっぱり君、しつこいよ」
「アル、泣いてるの…?」
「ああもう、どうしてなんだい。俺の方がずっとずっと長く生きてるはずなのに、こんなに情けない姿を見せるはめになるなんて、予想外だよ。誰のせいだと思ってるんだい、君は、本当にクレイジーだ」

ことが上手く運ばないとやりきれなくて泣いてしまう。確か大昔にアーサーに笑われた。まだ俺の背丈が彼の半分にも充たなかった頃の話だ。あれからもう何世紀も経って、流石にそんな自分にはもう二度とお目にかかれないと思っていたのに。今の俺は、正にそれじゃないか。

「自由の国を嫌いだなんて、二度と言わないでくれよ」
「アル」
「もういい、わかった、俺が悪かったんだ、君の過去ごと占領しようだなんて間違いだってわかったよ。皮肉なもんさ。隣国をそうすることの方が君をそうするよりもずっとずっと容易いなんて」

見ないでくれ。今の俺はスーパーマンにもバットマンにもなれてない。一体どうしたらいい。俺はどうしたらいつもみたいなハグを君に出来るんだろう。

「アル、泣かないで」
「俺だって泣きたくなんかないよ」
「私も意地を張りすぎたわ」
「君らしいよ」
「ごめんね、アル。愛してるわ、アル。アメリカ」

窓の外から、ふわふわ陽気な風が入ってくる。俺と彼女の髪の毛を順番に撫でていった。彼女の腕が俺の顔を隠す手に触れて優しく引き剥がした。俺と同じブルーの瞳に情けないアメリカが写っている。こんな姿がアメリカ中に知れ渡ったたら大問題だ。誰が許すだろう、たったひとりの女の為にいとも容易く涙を流す祖国のことを。
やがて彼女が、ぽつりぽつりと呟き出す。優しく降る雨のようだ。至高の恵み、女神の微笑み。

「私とアルには手のひらがあって、耳や口、お揃いの瞳があって、色は違うけれど髪の毛も。二本づつ足と腕も、ほらね。嫉妬する気持ちと、それから、これが一番大切。何が同じだと思う?」
「………」
「時間切れよ。答えはね」

背伸びをして出来る限り俺の耳に唇を寄せた彼女が、幸福な歌でも唄うように囁いた。

「お互いを同じ分だけ愛し合えてる」

仲直りをしましょう、言いながら笑う彼女を精一杯抱き締めて、何処にもいかないようにした。込み上げるは愛。どうしようもない愛しさ。

「いつか私がアルに会えなくなるその日まで、喧嘩をして仲直りをして愛してるって言い合いましょ。きっと愛は二人を救うわ。距離は、私が埋めてあげる」


埋められない。そんな距離を、全速力で彼女が走り出そうとしている。俺は少し心配だよ。君、疲れるとすぐ文句言い出すだろ?お腹が減ったら機嫌も悪くなるし、何よりそんな高いヒールで走ったりなんかしたら絶対に靴擦れを起こすか、最悪転ぶんじゃないかい?でもそれが君なのも俺は何だかんだ理解してるつもりさ。君は、さっきも言ったけど本当に、本当に、真底クレイジーだよ。


「君のそんな細い足で追い付けるかな」
「何言ってるの?いよいよ疲れたら、その時は空を飛ぶわ」
「ははははは」
「なによ〜」
「いいや、違うよ、馬鹿にはしてない」
「本当に?」
「もちろん」
「ふぅん」
「君は」
「うん?なぁに?」
「最っ高にクールだよ」


君こそが俺のヒーローだ。








20110221