浅い眠り、扉の閉まる音、明け方 | ナノ



エースの黒い癖っ毛のひと束が夏の太陽に焦れて目蓋に落ちた。
それをゆっくり筋張る指先で耳に掛けなおす仕草を見ながら私は、口元が緩まるのを止められなかった。たったそれだけのなんてことはない仕草に、まるで奇跡でも起こったんじゃないかと疑ってしまうぐらい目を細める。そんな私にエースの手のひらが降ってきて、暖かさに今度は涙が出そうだった。
恋とは、愛とは、正にこのこと。
だってこんなに眩くエースがこの目に映る。そして心はじわじわと暖まって、悲しくないのに胸が苦しい。やさしい気持ちで身体中が充たされるのに。恋や、愛と呼ばずしてなんと呼ぶの。

目の前いっぱいにエースが笑っていた。真っ白な歯を剥き出して、少し焼けた肌に汗の雫を張り付けて。
私にはそれで充分だった。
もうなんにもいらなかった。

大丈夫。エース、あなたにまた会えて、わかった。
涙で潤う目蓋の裏側に、じりじり焦がれる心の真ん中に、大きな海の揺らめきに、私はエースを見つけられるのだ。いつでも。

「もう目、開けてもいい?」

エースがまた笑った。私の頭に乗せている大きな手のひらをゆっくり目元にずらす。視界はブラックアウト。パチンと音が鳴って、次の瞬間に、エースは光の中のずっとずっと遠くに背中を向けて消えそうに揺らめいていた。


またね。また。また、きっと会おうね。だから泣かないで、私も泣かない。そっちは暖かい?あなたみたいに暖かい?エース、忘れる訳がない。こうしてまた会いに来て。思い出したら私に会いに来て。


間もなくして、私は幸福な夢から目を覚ます。

でも、やっぱり起きても幸福だった。この日だまりの愛をいつかまた、あなたに。



浅い眠り、扉の閉まる音、明け方