彼が私に何か要求してくるのは初めてのことだった。
「リファ、お前は沖田総司をどう『視た』?」
「沖田総司を?」
思いがけない人物の名に、僅かに眉を上げる。
暫し逡巡したが、ひとまず私のコンディションを正確に伝える事べきだと判断した。異常がある場合は殊更その必要がある。
「……私は、現在『複製』が不可能。加え、心理状態の乱れにより、正常な観点のもと彼を観察する事は出来なかった。故に、確証を持って詳細な情報を提供することが出来ない」
しかし、剣城は意に介することもなくさらりと返答を寄越す。
「分かってる。その上で聞いている」
ますます彼の意図が読めなくなった。
『複製』が出来ない私に、何故彼は沖田総司の分析を求めようと言うのか。
眉を潜める私を見かねてか、やがて剣城は「そうだな」と溢した。
「じゃあ質問を変える。お前は沖田総司をどう感じた」
私は何も言わず、ゆっくりと瞼を引き上げた。
『どう感じた』か。
先程と似た質問に聞こえるが、その内容は異なる。
彼は……私に『所感』を求めようというのか。
どう感じたか、というのは『情報』ではない。私の主観に基づいたもの、故、そこに精確さはない。
そういう話であるなら、私に尋ねるよりも回答を求めるのに適した人物は多く雷門に居るはずだ。
何故こんなことを、と疑問に思うが剣城がこちらを見つめる目は澄んでいる。

途端に……何を答えればいいのか分からなくなってしまった。
質問者の意図が分からなければ回答の指針も掴めない、しかし求められているものが情報でさえないのならば、そもそも「最適な回答の指針」自体が存在しないのだろうか?
私にとって非常に難しい問い掛けだった。
所感など、求められたこともなければ必要だと思ったこともない。
「……別に、深く考えなくてもいい」
「いえ……」
剣城の顔を見上げて、自分がいつの間にか少しずつ頭を垂れていたのに気付く。
軽く佇まいを直す剣城の反応は、遠慮に見えた。
一瞬だけ言葉に迷って、また口を開く。
「……精査は困難を極める。どのような回答が、剣城にとって最適な解となるのか、現在シュミレーションしている」
「最適な解なんて……あるかも分からない」
は、と。思考を止めた。
これは自主的なものだった。
彼の話を今は聞かなくてはならないと、そう体が訴えた。
「だから、お前の体感したままでいい」

『最適な解があるかも分からない』。
私は喉を震わした。
やはり、私は私のデータベースを更新する必要がある。
その為には、きっと、話をしなくてはならないのだ。
どれだけ覚束なくても、私は彼らと言葉を交わすべきだ。
「……確認する。私は体感した事実のみをそのまま伝達する。理路整然とした文脈に整えて話すことは、現段階では難しい。それでも良いか」
「……ああ」

望まれるのであれば、どのような形であれそれに応えるべきだと、そう思う。

「要望を承諾。貴方が求めるならば、これより想起する」

沖田総司と対面したときの記憶と感覚を手繰る。
「寒気がするほどの……執念。恐怖さえも感じた……意思の、力。しかし、龍玄徳と相対した時に感じたものとは異なるもの。決意、というよりは…まるで煮凝っているような………」
記憶と心理状態は身体に直結して、反応として残される。記録と言ってもいいだろう。
『複製』を可能にしている体は、その記録たる身体反応を繰り返すことが出来る。
とても簡易的ではあるが、当時の状況を『複製』ーー『復元』とでも言った方が正確だろうか。ーーする。
「……彼を見ていて少し、体の力が抜けるような感覚があった」
「……体の力……?」
剣城が反応を返した。
「それは……安心した、というようなことか?」
「……安堵?」
この反応は、安堵なのだろうか。
あの時はまるで己の身体反応を分析する精神の余裕など無かったから、今になりその正体ようやく疑問が生じる。
「分からない。しかし、あえて言うならば安堵に近いかもしれない」
「じゃあ、沖田さんの姿を見て、お前の懸念が解けたのか?」
懸念、という言葉を吟味する。
あの時に私が抱えていた蟠りをほどいたのは白竜だった。事実として、沖田総司がそれに関係しているわけではない。
「……否、と……答える」
だが、口に出すと妙に歯切れが悪い。
ではなんだ、これは。
剣城は腕を組み、片手を口元にやった。
「親近感、というやつか?」
「親近感?」
思わぬ言葉だった。
私と沖田総司と、『親近感』。まるで結び付かない単語の羅列だった。
「沖田さんもリファも、今は病気と怪我をしていて満足に動けない状態だろ」
「……確かに、私がその身体反応を見せたのは、沖田総司が行動不能になった時だった。彼が己の寿命と使命について告白した時……だが、沖田総司と私の共通項は現在、身体的ハンデを負っているという点ほどしか存在していないのではないか」
剣城はじっと黙って、眉間の皺を濃くする。
そして暫しの間を置いてから、彼は呟いた。

「……利用価値」
「……え?」
剣城がこちらを見やる。彼の表情は変わらず、真面目な様子だ。
「言っていただろう、お前は。水鳥さんを助けようとしたのは、そうしなければ己の価値がないからだと」
「……沖田総司も己の価値が揺らいでいると?」
「……分からない」
橙の瞳は再びふっと私から逸れる。
沖田総司が己の価値について揺らいでいるというのも、憶測の域は出ない話だ。
しかし、彼にとっての自身の価値が設定されているのだとしたら、それはーー幕府を守ること、ということなのかもしれない。
「……しかし、沖田総司と私を同列に並べるのは不等ではないか。不等というのは……時代、立場、年齢、役目、使命……それらを加味した上の言葉である」
ただ、どうにも沖田総司と私を同列に考えるのは腑に落ちなかった。
歴史に名を残した人物と名もなき一個人などでは、命題として釣り合わないのではないかと感じるのは特別不自然な事ではないと思う。
だが剣城はそれを聞くと、事もなさげに私に言う。
「俺はそうは思わない」

一瞬だけ、しかし確かに彼の目が私の目と合わされた。
勿論のこと皆其々に別物ではあるが、雷門にはこういった真っ直ぐな目をした人物が多いと感じる。

「悪い。付き合わせた」
「剣城」
だから、なのだろうか。
待機姿勢を解いた剣城を、私は咄嗟に呼び止めた。
「これは私が雷門に来てからの短期間での観測による考察だが」
必要以上に言葉を紡ぐことなど今までには有り得なかった。事実、何故今そうしているのかも、私自身よく分からない。
ただ、そう、きっと、知りたいと。
思っている……のかもしれない。

「貴方が自ら私と、或いは他者と接する事は珍しい。特定の人物に強い関心を向けているのも初めてだ」

「沖田総司に何かあるのか」


剣城の目は真っ直ぐに澄んでいる。
だが、その真意を容易に他者へ汲み取りはさせない。
ふっと目を伏せると、彼は短く応答した。

「別に」


(19.11.28)


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