ある程度まで接近し、少し呼吸を整える。
少し、緊張をしているようだった。
目的がはっきりしないまま行動を起こすことへの躊躇いか、或いは、これは罪の意識と似ている。
しかし、こうしていても始まらなかった。

「剣城」
「……リファか」
呼燈色の瞳がこちらを見やる。
それと目を合わせて、口を開こうとしたがやはり言葉が出てこない。
しかしそこへ口火を切ったのは、意外なことに剣城の方だった。

「話は出来たか」
少し間を置いて、復唱する。
「……話」
「白竜とだ」

剣城の声は静かだ。
サッカー部で過ごす平時において、彼が白竜のような苛烈さを顕にする姿を私は見たことがない。
しかし、彼の声にも白竜や三国志の時代で出会った龍玄徳と同じものを感じる。
それは、彼の意思がそこにあるということなのだろう。

「ええ」
剣城の質問に応答する。
彼と白竜との間で何かをやりとりが成されていたのだろうか。定かではない。
しかし、新撰組の隊士から逃げ帰った後……白竜の激昂を剣城が諌めたのだと朧気に思い出す。
私はあの時、完全に我を見失っていた。周囲の状況も朦朧としてよく覚えていない程。
それでもたしか、あの時に白竜を制したのは剣城だったと、あやふやな記憶を辿る。
そうして、ようやくだ。
私はようやく彼に伝えたいと思った言葉のかたちを捉えた。

「剣城、ありがとう」

いざ言葉にしてみると、呆気なくも思える。
本当にこれで良かったのだろうか、と己を振り返る。胸に陰りが出来るようで落ち着かない。
「何がだ」
剣城はしばらく口を閉ざしていたが、短くそう私に問うた。
その切り返しに、再び言葉が詰まった。
なんと答えればいいのだろうか。
彼の瞳は揺らがない。比べて自分が、うろうろと視線をさ迷わせていることに気が付いた。
思考の整理を行おうと必死になっても、それは取り留めもなく。纏めた先から解れていくようだった。

「……その、詳細に口にしようとすると……上手く……纏まら、ない。ただ……貴方に、お礼を言わなければならないと、思って」
最適な情報伝達だとはとても言い難い。
しかし、簡潔に纏まらない以上はその思考のすべてを口に出す他、精確に伝える術がなかった。
非合理的かつ非効率的。まるで不便な旧型の機器みたいだ。
だが、それでも以前よりは落ち着いている。
今までこのような状態に陥る度に、ずっと己に欠陥があるのだと認識していた。
けれど、雷門かれらが私に道具以外の役割を求めるならば、話をすることはきっと重要な手段だ。
剣城は現に、視線だけではあるが私に言葉を続ける了承を示している。
語り始めた自分の声が震えていた。


「……私が、水鳥を庇ったとき、貴方があの場を取り成してくれていなければ……」

「私は、どのような言動を取っていたか……平静を取り戻した現在でも想定が不可能」

「あの時の私は、己の統制器官に異常をきたしていた」

あまりにも稚拙で辿々しくて、心臓がぎゅうと収縮するようだった。汗腺が異常を起こして、汗が全身から滲んでいる。
なにか、まだ言葉を続けるべきか、せめて話を結ぶべきではないか。
思考する度に頭が茹だりそうな心地がした。
しかし、剣城が口を開いたのはその最中だった。



「……あれはお前だけの問題じゃないだろう」

静かな声はただそう言った。
「え……?」
瞬きをすると同時に喉から無意識に声が洩れた。
剣城は瞼を閉じるとやや頭をうつむかせ、「まぁいい」と小さく呟いた。
「別に大したことじゃない……気にしなくていい」
「……しか、し」
「足はどうだ」
早急な話題の推移に些か面を食らう。
彼は私に言葉の意味を理解する間を与えずに、次の質問を投げ掛けた。
「……依然として行動に制限はかけざるを得ないが、ワンダバたちによる治療のお陰で痛みは和らいでいるように感じる」
「そうか」
彼は納得した様子ではあったが、しかし。
反射的に回答を述べたものの、私はいまいち要領を掴めないでいる。
しかし考えあぐねている間に剣城は、続けてこう言った。

「……礼を受け取る代わりに聞いておく」

思わぬ言葉に、瞠目する。
補足するとこの後、私は先程の言葉の真意を彼に尋ねることはなく、失念するのだった。


(19.10.17)


[ 38/53 ]



 
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -