程無くして、行方を眩ませていた坂本龍馬も帰還を果たした。驚くべきことに、彼が一人で訪れていた場所は二条城だという。
幕府の膝元へ敵対勢力の主力者である坂本が一人乗り込むのは、無謀の強行と言ってもいい。
中岡は苦言を呈したが、坂本はそれを意にも介さない。
面談すら叶わなかったと畳に大の字になって頭を悩ませる彼に、天馬が提案した。
気晴らしにサッカーをしないか、と。

継続した思考から離れるという点において、運動は効果的だと言える。故に、天馬の提案は理に叶ったものだ。否が応でも、体を動かしている間は思考活動に割けるバイタリティを奪われる。
「リファ、また勝手に何処かに行くなよ」
側を離れる際、振り返った白竜が私にそう言い含めた。
少し、言葉に詰まる。
「……了解、した。心得ている」
「……ならいい」
私の返答を受けて、ふ、と白竜が柔らかく口許を緩めた。天馬たちのところへ走って行く彼の薄水色の髪が視界になびく。
私はそれをどこか地に足が着かないような心地で見つめていた。
浮遊感、と一口に言えども、この時代に来たときから感じていた、茫然自失としたものとは別のものに思える。
もう一人で何処かへ行くつもりは無かった。
此処に居て良いのだと、白竜も雷門の皆もそう言ったから。
なので返答に詰まる異存はない筈だ。
それなのに、どう対応を返して良いのか解らない。私は動揺している、のだろうと思う。

そもそも、そう命じられたならば従うまでだが……いやでも、さっきの白竜の言葉は命令……というわけではないのか……?

「……リファちゃん?」
「……判別不可能エラー……コンディション、不明瞭。状態識別失敗……」
「リファちゃん!?」



その後、私は葵に手を取られ、
「天馬も言ってたけど、私だって側に居るから! 一人で抱えすぎないで……不安に思ってることがあればいつでも言って? 女の子同士でしか話せないことだってあると思うし!」
と言葉を掛けられた。
やや前後の脈絡が読めず驚いたが……彼女の言葉は嬉しかった。
だがやはりどう対応して良いのか解らず、暫く動きが取れなくなってしまう。
一先ず、彼女にお礼を言った。後日この感覚とこういった時の対応の仕方について後日、彼女に問うてみようと、そう思う。

ーーふと、視界の隅に濃紺が映り込んだ。
「リファちゃん、どうかした……あ」
自然とそれを追った私の視線に気付いた葵が、同じくその人物を視界に収めて呟く。
「剣城君も、リファちゃんのことすごく気にかけてたよ」
「……剣城が?」
「ふふ、剣城君はああいうタイプだから、口に出したりしないけどね。でも心配してたと思うよ」
心配、とはどういうものであるのか、未だ私に掴むことは出来ない。しかし、意識に留めるという点にしても、剣城が私に意識を留めていたとはにわかに信じがたかった。
警戒、観察といった意図を含めての留意であれば覚えがある。彼はそれを怠らない人物であった。最近はそれも少なくなってきてはいたが。
剣城は木陰でチームメイトたちの姿を見つめながら、しかし思考は何処かへ離れているような、そんな凪いだ横顔をしている。

「少し話してきたら?」

思わず、隣に居る葵へと振り返った。
私が予想だにしなかった提案をした彼女は、笑顔をこちらに向ける。
葵の笑顔は自然のまま、あるままの均整が取れた笑みだ。表情筋の動きに繕いはないように見える。
だから、彼女の笑う顔は綺麗だと、いつもそう感じていた。
「リファちゃん、なんだか剣城君と話したそうに見えたから」
「いえ……私は……そのような意識はなかった。しかし……」
そう言われてみればそうなのだろうか、と少し思うところがあった。
己の中に不明瞭で、不確定なもやが、胸にあるような気がする。

私は、彼に何かを伝えるべきか。
しかし、何を……?

その目星が付かないのであれば、彼と会話を試みたところで何の結果も出ないのではないだろうか。
思案する私を、セルリアンブルーの瞳が伺う。

「あそこまで話に行くだけなら、別に一人じゃないんだし。もし誰かが聞いて来ても、私が説明しておくよ」
私は静かに、その瞳と視線を合わせた。
ただ視線だけだというのに、不思議と温度を感じる。
彼女の側に居ると、なんの手だてもないというのに前進しようと駆り立てられる、そんな風にこの体が逸る。

「……葵」
「うん」
「ごめんなさい。この場を少し離れる」
「うん、いいよ」

彼女は背に広がる晴れた青空の如く。
葵は再び綺麗に笑う。そうして一歩踏み出した私に手を振った。


「行ってらっしゃい!」



(19.8.21)


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