未だどこかぼんやりとする視界に映る手を見ていた。
私と白竜の、繋がれた手を。
「ごめんなさい……」
「い、いや……その、だな……」
白竜には珍しく、歯切れの悪い返答だった。彼は私の手を引いて前を歩いている。それ故、彼がどのような表情をしているのかは知ることが出来ない。
「……気にしなくていい」
暫くの間をざりざりと二人分の砂を踏む音で埋めてからようやく、白竜はそれだけを呟いた。

あの後も、私は故障したように泣き続け、白竜は私が泣き止むまで側に居た。
ようやく涙が止まってから川で顔を洗い、彼に手を引かれて今に至る。 
つまりは、雷門イレブンの待つ宿への帰路だ。
繋がれた手の輪郭をなぞる。
恐る恐ると私の涙を拭った彼のぎこちない手つきが、脳裏に繰り返し想起された。
少しだけ、繋いだ手に力を込める。
とくり、とくりと。胸の奥で鳴る心臓の音が心地好いと思ったのは初めてだった。
彼に世話をかけてしまうことがあんなにも恐ろしかった、今でも申し訳無く思うというのに、何故こうも心境は変化するのか。
私はずっと、知ることが恐ろしかった。しかし、全てがそうだというでもないのかもしれない。
全てがすべて、恐れるべきものだというわけではないのかもしれない

角を曲がって、宿が目に入る。
それと同時に白竜が私の手を放したのを、無意識に目で追っていた。

「あっ、リファ!」
「リファ!」
こちらに気付いた天馬とフェイが声を上げた。雷門の面々もこちらに気付いて私に視線が集まる。
しかし他の誰かが何かを言う前に、集団を押し退けてくる人影があった。
水鳥だ。
彼女は雷門の輪から躍り出て、大股で私の方へ近付いてきた。
平時より大幅に眉を吊り上げて、眉間に皺を作っている。その表情が示すのは明らかに『怒り』の反応だ。
パーソナルスペースに最大まで踏み込んで来た彼女に思わず身構える。
彼女がすう、と息を吸い込んだ。

「リファ〜ッ! お前、勝手にどこ行ってたんだ! 心配しただろうが〜ッ!!」
「!? ……!?」

水鳥は息を吐ききるように叫ぶと、同時に私の片頬をつまんで横方向へと引っ張った。
想定外の行動に、処理がまるで追い付かなくなる。
強い力で引っ張られて痛みはあるものの、折檻と言うには易しすぎるそれにどう反応すればいいのか分からない。
しかし、彼女の怒りの原因は私の行動が起因しているようだ。ならば謝罪をするべきなのだろうか、と混乱しつつも脳が答えを出した。

「わ、ぅ……ご、ごひぇんなはい……」

正常な発音が出来なかったが、彼女に意図は伝わったらしい。水鳥は片眉を上げたまま、それでも少し怒りの表情を収めて私の頬から手を離した。
「たく……大丈夫か?」
そしてその手で私の頬を撫でた。
引っ張った直後のまるで労るような言葉と行動に、思わず目を瞬かせる。彼女は私を叱責したいのではないのだろうか。

『お前はもう雷門の一員だ。俺だけじゃない、天馬や水鳥さんたちも……みんなも、もうそう思っている』

白竜の言葉が思い返される。
彼の言うことが真実なのだとしたら、水鳥のこれはーー『仲間』への行動、ということになるのだろうか。

「ん……? お前、目が……」
思考に耽っているうちに、水鳥がおもむろに私の目元を覗き込んできた。
彼女の深い緑の瞳とじっと視線が合う。
水鳥は無言であったが、徐々にその表情が再び険しくなった。何か他に不備が、と尋ねる前に彼女は勢いよく私の隣へ顔を上げる。
「は〜く〜りゅ〜う〜……! どういうことか説明して貰おうか!!」
「なッ、なんだと!?」
視線の先に居た白竜が驚愕をあらわに声を荒げた。しかし瞬く間に水鳥に引きずられていき、二人の会話は内容を把握出来ない喧騒と化した。

「……水鳥さん、どうしたんだろ?」
「行動意図、不明……」
白竜を引きずっていった水鳥さんを見ながら、隣に来た天馬が呟く。思わぬところに飛び火した状況を飲み込むことが出来い。
「まぁでも、リファがちゃんと帰ってきてよかった! 俺も心配したよ」
「……天馬」
天馬の笑顔が、こちらへ向けられる。と、同時に他の皆も私の周囲へと集まってきた。
それぞれに言葉を掛けられ、咄嗟に曖昧な返答しか返せない。しかしそれでも雷門の皆は私の安否を確認するばかりで、責めることはしなかった。
……私が足を負傷したと知った、その時と同じように。
「だーから言っただろ。リファちゃんはすぐ帰ってくるってさぁ。みんな心配しすぎなんだよ」
遠巻きに肩をすくめて影山にそう言う狩谷の声が聞こえてきた。しかし彼は様態を観察するように、小刻みに私の全身へと視線を向けてくる。
三國志時代から帰還した後より、彼からはこういった視線を向けられていることが多い。監視だろうと推測していたが、現在はそれもどこか違う気がしている。
狩谷を見つめていると、目の合った彼は勢いよく体を背け影山を連れて離れていった。

ただ、そんな彼らの様子を見ても、足の怪我を労られた時のような不可解さや未知に対する恐怖心のようなものはない。
それは行動の所以たる解答の一端を私が得ているからだろうか。
なればこそ、私ははっきりと問うてみるべきなのかもしれない。
「天馬。確認……したい」
「ん? 何?」
「……以前、三国志の時代で……貴方は私を『仲間』だと言った」
少しだけ、どこか胸が逸るのを抑えて、呼吸を行う。
ゆっくりと、言葉を繋ぐ。
「今もそう……だろうか」
天馬の目が僅か見開かれるのを確認して、返答を待ち、しかしそれは間もなく提示された。

「何言ってるんだよ! 当たり前だろ!」

屈託もなく。または、呆気なくとも言える。
驚いたように眉を上げて、天馬はいとも容易く私の質問にそう返答を返した。
じわり、と胸の奥に、熱のようなものが広がるのを感じる。
「……サッカーが出来ない状況であっても?」
「うん」
一拍の逡巡も無く、天馬ははっきりと頷いた。
きらり、と。不意に彼の目の中に輝きを見た気がして。
「一緒にサッカーが出来なくても、俺たちはみんなで戦ってる。葵も、茜さんも、水鳥さんも、鬼道コーチや豪炎寺さんだって!」
両手を広げて、天馬は身ぶり手振りを使い私語り掛ける。
ぐっと眉を吊り上げて、彼は胸の前で拳を握った。
「足ならきっと良くなるよ! すごく不安だと思うけど……でも、それまではおれたちのこと応援してて欲しい。おれ、葵たちが見てくれてるの、元気出るんだ。だから、リファも一緒に居てくれると嬉しいよ」
山なりに目を閉じて、先程より数ミリ大きく口を開け天馬は笑う。
出会ったあの時と同じ、変わらない笑顔を私に向ける。

「リファの怪我治ったら、おれ、リファともっとサッカーしたいしさ!」


……不思議だ。

天馬の言葉には、驚くほど混じりけがない。誰しもが裏に潜める計算も、策略も、その気配をまるで感じない。 
そして胸にそよ風が吹き抜けるような、そんな感覚を覚えさせるのだ。
決して尾を引かず、清涼感だけを残して蟠りを浚って行くような。
だからこそ、彼の言葉はまっすぐに体の中へと落ちてくる。
信用出来ると、無意識にそう思わせる力がある。


ああ、そうか
彼はあの時から……私のことを、仲間だと思ってくれていたーー。



「……そう」
「心配なことあったら話して。一緒に考えるしさ!」

こういった時は、どう言葉を返せばいいのだろう。
嬉しくて、仕様もない……そんな時は、一体どうすればいいのか。
ああ、やはり。
私にはまだ知るべき事があるようだ。


(19.7.19)


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