バトルの勝敗は決した。
しかしザナークドメインがその不敵な表情を変えることはない。彼らは転移により、順にその場から去っていった。
その場に残されたのは沖田総司ただ一人。
やがて彼の衣装がユニフォームから浅葱色の羽織へと戻る。しかし、彼の姿が元に戻った瞬間、沖田総司は激しく咳き込みその場にうずくまった。
錦達が彼に駆け寄る。胸の病、と聞いていたが彼が押さえている位置は肺だ。彼が侵されているのはどうやら呼吸器らしい。
「どうだ。少しはサッカーってやつが分かっただろ?」
土手の上からザナークの声が降ってくる。
振り返れば彼はルートクラフトに乗り込んでいた。
「俺を……試したのか!?」
「ま、そんなとこだな。なかなか面白かったぜ」
「ふざけちょる……! サッカーを何だと思ってるぜよ!」
錦が怒りを顕にした。彼からすればザナークの行いは沖田総司は勿論、サッカー自体をも弄ばれたのと同義なのだろう。
しかしザナークはそんな錦を歯牙にもかけず、鼻を鳴らして嗤う。
「あばよ」
空間にさざめく僅かな時空の揺れ。ルートクラフトの駆動音と共に、ザナークはその場から転移した。
後には歯噛みする沖田総司と雷門イレブンが取り残されるばかりだった。
「……じゃ、俺っちも失礼するぜ」
切り出したのはその様子を静観していた坂本龍馬だった。
誰よりも早く、沖田総司がその言葉に反応する。
「そうはさせっ、うっ……!」
彼は立ち上がろうと手足に力を込めたが、瞬間また顔をしかめて崩れ落ちた。体の緊張は彼の体内まで響き、それで痛みが走っているのだろう。
坂本龍馬はそんな彼を一瞥し、しかし何も声は掛けなかった。ただ天馬達の方へと言葉を投げる。
「大事な用があるんでね。サッカー楽しかったぜ。ありがとよ」
そして彼は軽く片手を上げると、その恰幅の良い体を翻した。ゆっくりとこの場から去って行く。
引き留めなければ、咄嗟にそう思った。
彼は私達の目的の目標でもある、ここで行方を見失っては目的の達成に影響が出る。
しかし、しゃがみこんだ体勢から自力で立ち上がるには足に負荷が掛かりすぎる。足に己の体重を乗せようとしたが、鈍痛が足首に響き、動きを停止せざるを得なかった。
落とした視界に白い着物の裾が映り込む。
白竜が私の挙動に気付いたようだった。
彼は私の行動を阻むように斜め前へと一歩進み出る。
これは、何もするなということだろう。

命じられれば、私はそれに従うだけだ。
むしろ。
全てを閉じて、従わなくてはならない。
なのに。

胸に落ちるこの重い澱は一体、何だろうか。

今や介助無しでは私は安全に立ち上がることさえままならないのだ。
やはり今の私に利用価値はない。
ーー何も、求められてはいない。


苦しげな咳気(がいき)の音に全員が視線を沖田総司へと戻した。
一層激しく咳上げる彼は苦悶の表情で胸を押さえている。
観戦していた雷門の一団から葵が飛び出した。
彼女は沖田の側で膝を折る。また、天馬もその横で膝をついて彼に声をかけた。
「沖田さん! 大丈夫ですか!?」
「しっかり!」
葵の手がしきりに苦しむその背中をさする。
雷門の面々も徐々に彼の周りに集まった。私も不意に白竜に手を取られ、彼に体重を預けて立ち上がる。胸が重いのは変わらない。
ともあれ、私も白竜と共に沖田の様子を見守る雷門の中に混ざった。
沖田は口許を押さえていた手を離すと、己の状態を推し量るように眉を潜める。やがて、僅かながらも呼吸を整えて、彼は葵の方へ微笑んだ。
「……ありがとう、楽になった」
葵や天馬の纏っていた緊迫感が少し和らぐのを感じる。
とはいえ、沖田の方も気休めだろう。喀血したかと恐れを感じるほどの容態だ。
病状が重篤であるのに変わりはない。
「こんな体でサッカーをしていたのか……」
神童がそう嘆いた。
私達は最初から、ザナークに力を与えられ健常者と変わらない様子の沖田しか見ていない。彼の病状がどういったものなのか、今に至るまで知る術は無かったのだ。
宙へ橙色のクロノ・ストーンが浮かび上がった。ダイスケだ。
「ザナークの力で無理矢理体を動かした為、急激に体力を奪われているのだ」
「そんな……!」
「なんちゅうことぜよ……」
天馬は不安げに表情を強ばらせ、錦は奥歯を噛み締めている。
ザナークの力の反動は想像以上に大きいようだ。これ以上、沖田とザナークを接触させるのは危険かもしれない。
ふと、隣を深紫が通り過ぎていった。
背後からの気配に気付いた天馬達が、場所を空ける。沖田も自分の前に立った人物に顔を上げた。
彼の前に歩み出たのは剣城京介だった。

「あなたは……何のためにそうでまでして……」

剣城は沖田に問い掛ける。
その表情は私の立つ角度からでは伺うことが出来ない。ただ彼の声音は、まるで何かに堪えかねるような、そんな風に聞こえた。
問いを投げ掛けられた沖田は剣城をじっと見つめ返す。ただ何も言わず、彼は刀を支えにくらりと立ち上がった。
風に吹かれて紅葉がはらはらと私達の元まで舞い落ちてくる。
紅に染まった秋の京都。
しかし此処は雅やかな景色に似つかぬ激動の時代。
それを確かに象徴する人物の一人、その男。
やがて彼はゆっくりと口を開いた。

「俺は……もう長くは生きられない」

静かにその場の誰もが神経をそば立たせた。
穏やかな風が吹く中、器いっぱいに注いだ水の凪いだ水面のように張り詰めた空気がこの場には満ちている。
「坂本の企てが成功すれば……そうすれば、幕府は消滅する。幕府を守ることが我ら新撰組の使使命。ならば……この命尽きる前に坂本龍馬を討つ」
静かな水面、しかしその下にあるのは燃え盛るような、煮凝ったような決意と執念。
やはり、寒気がした。彼が抱え込んでいるものの重量は並大抵のものではない。
だが、何故か彼の眼差しに胸の重みがふと軽くなるような気がした。
胸に淀む澱が無くなったわけではない、けれどどこか体の力が抜けるような、そんな感覚を得た。
理解不能のその感覚を分析している間にも、沖田総司はこの場から歩み出していく。
彼の歩む姿には誰にも有無を言わせない、そんな圧があった。私は彼の背から目が離せなかった。
その場に居る誰しもが、彼が歩んでいくのを止めようとしない。

ただその横顔を、剣城京介が食い入るように見つめていた。


(19.2.12)


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