走っていた白竜が足を止めた。
揺れからくる足の痛みを噛み殺し、彼の背中に埋めていた顔を上げる。
私たちの居る土手から下へ視線を向ければ、紫色の髪をした新撰組隊士ーー沖田総司が抜刀しある男に斬りかかっていた。
周囲には坂本龍馬捜索隊である天馬たちの姿も見える。
男はふくよかな体型の割りに身軽だ。巧みに沖田の剣を回避していたが、ついにその猛攻にバランスを崩す。
その隙をかの剣豪が見逃すはずもなく。
あわや、というその時だった。
「貸せっ!」
追い付いた剣城が天馬の持っていたボールを奪い蹴り込んだ。
ボールは見事、沖田の手首に命中する。
やはり剣城のボールコントロール能力は目を見張るものがあった。
彼の機転によって沖田は刀を取り落とし、間一髪の状況は避けられたのだった。

と、不意に空気が震える。
聞こえてくる駆動音と、これは時空が揺れるその感覚に他ならなかった。
白竜の体に回していた腕が微かに跳ねる。それで白竜もやってくる嵐の存在に気が付いたようだ。

「約束を忘れてもらっちゃ困るぜ、沖田総司」

バイク型のルートクラフトに乗って、私達と同じ土手の上にザナークが現れた。
白竜がザナークの方を向いて身構える。
「ザナーク……」
気付けば、か細くザナークの名を呼んでいた。
孔明の園を後にしたあの時に、呼べなかった彼の名。
不思議なことに、私は彼の顔を見て体の強ばりが少し解けていた。
彼は白い羽織と着物を着ているが、他に外面的に変わったところは見受けられない。
あの後、彼も無事だったようだ。
私はゆっくりと、長く息を吐いていた。

そんな私と白竜に目をくれることもなく、ザナークの視線は眼下の沖田達に向いている。
彼はいつものように嗜虐的な笑みを浮かべて、尚も沖田総司に語りかけた。
「お前に力を与えたのはサッカーで勝負させる為だ」
「ザナーク!」
天馬がザナークに向かって叫ぶ。
「力を与えただと……そうか、お前が沖田総司を」
剣城が低く唸った。
これで沖田総司が病にも関わらず、健常な振る舞いをしていた理由が明らかになった。
ザナークがどのような方法で沖田総司に『力』を与えたのかは定かではない。
ただ、彼の体から滾っているエネルギーは確実に今までより増幅している。これには警戒が必要だ。
沖田に授けた力と関係があるのかは不明だが、ただでさえザナークは桁違いのエネルギーを持っている。彼の身にまた何が起こるか分からない。その可能性にまた胸がざわついた。
「なんで新撰組の格好をしとるがぜよ!」
錦がそう問い掛ける。
どうやらザナークの羽織は新撰組のもののようだ。龍馬派とはいえ、それに気づいたのも錦がこの時代に関心を寄せていた故なのかもしれない。
「ククク……似合うだろう? 面白そうだから乗っ取ったのさ」
雷門イレブンがざわつく。
新撰組はザナークの手に落ちた。ある意味、我々にとって話は早くなったのかもしれない。ただザナークを撃破しなくてはならないのは、三国志の時代と同じようだ。
「聞きたいことがある!」
戸惑いを見せる面々の中、声を張り上げたのはフェイだった。
「あの劉備たちとの試合の時、あれは何があったんだ」
フェイの瞳は真っ直ぐにザナークを射抜いている。彼もあの時のザナークのことが気にかかっていたらしい。
内心、緊張が走る。
私はじっとザナークの返答を待った。
「フフフ……ハハハハ! そう言うと思ったぜ」
彼の笑い声が響く。が、瞬間彼は目に獰猛な光を宿し、そして私達を嘲笑うかのように吐き捨てた。

「お前らに話すことなんざねえよ!」

フェイが唇を噛むのが見える。
ザナークには何も話す意思がないのならば、あの時のことを私達が知ることは不可能だろう。
空気が変わる。三国志の時と変わらない、ザナークが望んでいることは恐らくただ一つ。

「さぁ勝負だ!」

取り出されたスフィアデバイスが球体を形取り、無機質な声がフィールドメイクの開始を伝える。
天馬達が立っているその場所に瞬く間にサッカーコートが出現した。
ザナークドメインのメンバーが4人現れ、沖田総司の着物が彼らと同じユニフォームに変化する。
ザナークが言った通り、彼は沖田総司にサッカーで勝負させるつもりだ。
突然のことに戸惑っていた様子の沖田だったが、状況を理解すると眉を吊り上げて天馬や剣城たちの方へ叫んだ。
「俺達が勝ったら、坂本龍馬は渡して貰う!」
坂本龍馬。
間違いない。やはり沖田総司が切りかかっていた男はやはり維新の志士、坂本龍馬のようだ。
「俺っちが賭けの対象かい? そんじゃ出ないわけにはいかないなあ」
「おう! W龍馬の力を見せてやるぜよ!」
坂本龍馬が磊楽(らいらく)に言うのに対して、錦は熱と意気込みを顕にした。
この時代の人間である坂本龍馬がサッカーを行えるはずがないのだが、彼も何故か雷門のユニフォームを着ているところを見るに天馬たちから教わったのかもしれない。

「ああ、渡して貰うのは坂本龍馬。そして、お前もだ」
ザナークの血色の瞳が、初めてこちらを捉えた。
不意に背中に寒気が走るようなそんな眼力だ。
「随分いい格好じゃねぇか。リファ・シフル」
胸に獣の爪が突き立てられる。
私を鼻で笑うザナークから目を逸らそうとしてもそれが叶わない。呪われたように私は彼の瞳に目を奪われていた。
じくじくと胸が炎症を起こす。
痛い。
…………痛い。

「五月蝿い」
だが、はっと私の視線を断ち切ったのは凛としてよく通る声だった。
白竜が私を抱える腕にぐっと力を込めた。
身構えた彼が神経を尖らせたことを察知して、その横顔を伺う。
角度の関係で表情までは見えないものの、ザナークと同じであって、少し色味の違う紅色の瞳が真っ直ぐ彼を睨み返していた。

「お前の好きにはさせん」

私の視界からザナークの視線を遮るように立った白竜は堂々と言い放つ。
その声音は一本の芯が通っているように揺るぎなく、確かだった。
少しだけ、胸の痛みが和らぐ。
彼に回した腕を、自然と少しだけ整え直していた。
「ハッ」
だが、当然の如くザナークがそれに怯むことも、動じることはない。ただ彼も白竜を嗤って睨み返す。

「面白い。奪い甲斐があるぜ!」

唾を飲み込んだ。
私も坂本龍馬と同じ『賭けの対象』。
だが彼と違うのは自ら戦いに出ることが出来ないこと。
この場に居る自分がどうしようもなく無力であるという事実が胸にのし掛かった。


(19.1.25)


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