ぎゅうっと、胸が縮こまるようだ。そしてじくじくと奥の方が痛む。
今すぐに白竜の背から飛び降りて、無理矢理にでも走って帰投することを考えていた。
そんなことをすれば、より足は悪化して白竜やチームにも負荷をかけるだけだ。
結果は火を見るより明らか、だというのに、どうしてそんなことを考えているのか理解不能だった。
疲れ果て、何もない牢獄に転がっていたことを思い出す。
ただ決定的に違うのは、全身に感じる白竜の体温だった。
どうしようもなく温かい彼の体温。
他人との必要最低限の身体接触ならば、覚えがある。だが、このように背負われるのは初めてだった。
いや、もしかすると初めてではないのかもしれない。ただ今まで、これほど熱を感じたことがなかっただけで。
鼻先が彼の肩口を掠める。
ーーどこを誤った?
剣城は私が取った行動を戒めると同時に間違ってはいなかったと言った。だが、あのように隊士に直接行動を仕掛けるのは悪手だったのか。なるべく実害のない手段と方法を選択したつもりだった、だがより波風を起こさない、より良いやり方があったのではないか。私の能力不足か。私の判断力の低さか。
ーーしかし、けれど、私は。
浅く浅く、呼吸をする。
『そういう風』にしか出来ない『つくり』なのだ。

「痛むか?」
暫し無言だった白竜がおもむろに尋ねてきた。
己の指先が僅かばかり跳ねるのを居たたまれない気持ちで見つめる。
「……ええ」
「そうか……もう少し辛抱してくれ」
「……了解した」
よほど痛むのは足ではなく、胸だった。
もう運ばなくて良い。
この場で打ち棄ててくれて構わない。
そう彼に伝えたいのにまるでもう声が枯れてしまっていた。
喉が乾く。
息が出来ない。
最早私が用済みなのは明白だ。
この状況こそが全ての証明だ。
白竜の体温が痛いほど、痛いほどその事実を私に痛感させる。
彼の背の上で、やはり叫び出したい激しい衝動に苛まれていた。しかしそれはなべて産まれることなく、喉の奥で死んでいく。
どうしてこんなにも、こんなにも、痛い?

機能を放棄しかけている脳が軽やかに駆けてくる足音を拾った。
瞬間、私達の隣を疾風が過ぎていく。
呆けた視界に深い紫の毛と浅葱色が映り込む。焦点を絞れば、それは一人の新撰組の隊士だった。
一瞬のうちに彼の背はみるみる小さくなる。かなりの俊足だった。我々を追いかけてきた隊士が彼であったなら、逃げ切るのは難しかったかもしれない。
と、また後方から足音が聞こえてくる。
それも集団のものだ。しめて5人。それに、この気配と足音には全て覚えがある。
「白竜」
自分が発した声がまるで今際の人間のようだった。我ながら少し動揺する。
今にも消え入りそうな呼び掛けだったが、白竜はそれを拾った。
「ん?」
「あ! 白竜! リファ!」
と、白竜が反応したのとほぼ同時に私達に迫る集団からそう呼び掛けられる。
フェイの声だ。
この気配はやはり雷門のもので間違いはなかった。
振り返る白竜にさえ脇目も振らず、剣城や霧野が走り抜けていく。その様子に白竜も何かが起こっていることを察知したようだった。
事態が動いたらしい。
「何……」
「沖田総司が見つかったんだ!」
「追いかけてるやんね!」
フェイと黄名子が簡潔に私達にそう伝えて、しかし足を止めることなく走っていく。
予測は的中した。
先程走っていった隊士こそが沖田総司だったのだ。
しかしそれには一つの疑問がわだかまる。
「さっきのが沖田……? 病に侵されているのではなかったのか……?」
そう。白竜が呟いた通り、その点だ。
病人があのように疾走出来るものだろうか?
健康体の常人だったとしてもあの速度で走れるのは一握りだろう。
何かが起こっている。
そんな予感が胸を過った。
白竜もそれは同じだったらしい。彼は私を抱え直して、足を固定する腕に力が込めた。
「すまないリファ。なるべく揺らさないようにするが、少し我慢してくれ。しっかり捕まっていろ」
「……!」
彼の肩にかけている腕が震えてしまった。彼は私を背負ったまま走る気だ。
喉の奥に電流のようなものが走る。
言葉を発しようとして、それが叶わなかった。
ただ彼の言葉通り、腕を鎖骨のあたりに回す。ほとんど反射的なものだった。
それを確かめた白竜がスタートを切る。
景色が流れていく。
彼は私を背負っていても問題なくある程度のスピードで走った。彼のバイタルと修練の賜物であるのかもしれない。
ただ私は、どうして私を捨てていかないのかと胸が引き千切られるようで。

彼の背に揺られる度に、何かに罅(ひび)が入る、音が聞こえる。

(19.1.19)


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