2度目のタイムジャンプは幕末と呼ばれる時代。西暦1867年の京都。
日本を今後を巡って、様々な意見がぶつかり合っていた転機の時代だ。
「リファ、歩けるか」
「歩く程度であれば可能」
白竜にそう問われて応答する。
彼は私の世話を買って出てから、雷門に居るほとんどの時間を私に付き添っている。なるほど彼の生真面目さが伺えた。
その彼を邪険にすることはなく、その必要性もない。故に私は彼が望むまま彼の世話になっている。
ただ、ずっと呼吸に実感がない。
そんな風に感じることは初めてだった。


坂本龍馬と沖田総司の捜索は二手に別れて行うこととなった。
錦、神童、天馬、信助、葵、茜、影山が龍馬を。そして霧野、白竜、狩屋、黄名子、水鳥、剣城、私が沖田を担当する。
2組を先導する錦と水鳥は、タイムジャンプの前から龍馬派、沖田派と対立し口論を繰り返していた。見る限りは倒幕派、幕府派といった歴史的背景を深く理解した上ではなく、およそ憧れやキャラクター的な見方での嗜好の違いによるらしい。
ただ蘭丸によると、こういった「ファン」の派閥の対立は根深いものなのだそうだ。思想の対立というのはこの時代から現代まで続くものなのだろうか。
「くぅ〜! 沖田総司! 楽しみだぜ! 病を押して江戸幕府を守ろうとした孤高の美剣士だもんなぁ!」
沖田捜索隊の先頭で水鳥は興奮した様子でそう言った。彼女の隣に並び立つ剣城が彼女に尋ねる。
「病?」
「総司は胸の病に侵され、志し半ばで亡くなったと伝えられている。美男薄命ってやつだなぁ!」
志半ばで病に侵され倒れた武士。
ふと脳裏に龍玄徳の姿が過った。
気高き志を持ち行動するという経験が私にはない。故に沖田総司の状況は想定の範疇にないが、龍玄徳のような強い意思の力を持った人物であるのだろうかと推測する。
であるならば、それは……人々に残酷な命運と呼ばれるものなのかもしれない。
「実はそんなにかっこよくないって噂もありますけど?」
「狩屋ぁ!!」
「ふふーん」
狩屋の軽口を叱咤する水鳥の声を聞きながら、私はそっと視線を落とした。

「止めときなぁ!新撰組には関わらないほうがいいよ!」
まずは聞き込みを行うのが良策であろうと、私達は町人に新撰組について尋ねた。しかし、町人たちは誰もが揃って苦言を呈する。
「どうしてやんね?」
「新撰組に幕府の敵と疑われたら何をされるか分からないぜ? ここんところ新撰組も殺気立ってる。行くなら気をつけな」
去っていく町人の背中を見送り、霧野が渋い顔で呟いた。
「泣く子も黙る新撰組か。だいぶ怖がられているみたいだな」
「そりゃ京の町を守るのが新撰組の任務だからな。怪しいやつは徹底的に取り締まったらしいぜ」
新撰組は犯罪の抑止とテロリストの逮捕を主とした治安組織であったと事前に情報を得ている。だが実際のことはこの時代でなければ知り得ないのも事実。状況が緊迫しているのであれば、彼らの対応も変わってくるだろう。
「浪士を取り締まっても動き出した時代の波は止められない……」
思案していた様子の白竜が隣で言葉を溢した。
それを聞いた霧野が再び口を開く。伏せた瞳は真剣な眼差しをしていた。
「もしかしたら……新撰組は幕府の侍たちが失ってしまった武士道を真っ直ぐに貫こうとしたんじゃないかな」
私達に向き直り、彼は続ける。
「俺たちがサッカーを守ろうとしているように……」
暫しの沈黙が私達の中に降りた。
「……どんな人間にも自分なりの正義があるってことっすかね」
「自分なりの正義か……確かにそれはそうだな」
狩屋の言葉に白竜が同意する。
正義とは酷く曖昧な言葉に聞こえるものだ。
だが、自分達なりの正義を掲げているというならばそれは雷門もそうだと言える。
気高き志と強い意思を真っ直ぐに貫き、失われようとしているものを取り戻す為に戦う。
いくらかこじつけのようにも思える。だが根本さえ抜き取れば、雷門と新撰組が重なる部分もなくはないと言えるだろう。
少なくとも、私が見てきた雷門(かれら)はそうだ。
鮮烈な意思力と決意、無謀なまでの行動力。
そして、全員が共通している『サッカーが好き』だという思い。
不意に、己が言ったことを思い出した。

『つまり貴方達は未来の機関の決定に反抗している組織。言うならば、反逆者』
『何故、不利的状況下でそこまで行動する』

何故だか、途端に息苦しくなる。
今までの私にとって『反逆』など到底思い付かないことだった。だが彼らは当然のようにそれをやってのけている。
私は彼らのように『サッカーが好き』だというわけではない。『好き』という感情さえ分からない。それが行動理念になることはない。
否応なしに思考が巡る。
考えてはいけない、理解してはいけない、そのような警笛がどこかで鳴っていても疑問はそれを詰るように。
何故此処に存在しているのだ、と。


私は何故、雷門(ここ)に居るのだろうか?
ーーそれは彼らに助けを求められたからだ。

私は雷門(ここ)に居て良いのだろうか?
ーーそれ、は。

じんじんと響く足首の痛みが心音と重なる。まるで耳鳴りのように痛みと鼓動が感覚を支配する。
『こいつは、俺達を「違法者」と言ったんだ。意思を共に出来ない奴をチームに入れてどうなる!』
あの時に白竜が言った言葉だ。
私の考えは当時と今も変わらない。彼の言ったことは正しいと結論を出せる。私には依然としてサッカーを守りたいという意思も、意義も、目的もないのだから。
私には善悪観も、自分なりの正義も不要なもので、無縁なもの。

しかし、それでは私はーー


「……リファ、大丈夫やんね?」
はっと我に返る。黄名子が眉を下げて、こちらの顔を覗き込んでいた。
嫌に心臓の音だけが煩い。
私の様子に気付いた白竜もこちらに顔を向ける。
「足が痛むのか、リファ」
その問いに、やはり息が詰まった。
足首には未だ、負傷の熱がわだかまっている。忘却を許さないと言わんばかりに、その事実を主張している。
「……問題ない。思考に没入していたのみ」
「そうか、ならいいが……体調や気分が悪くなればすぐに言え」
「そうそう。無理はよくないやんね」
「……了解、した」
言葉を発するのがやっとだった。
もはや底辺にある己の利用価値を、己でこれ以上低迷させるのはいけないと漠然とそう感じた。
いや、いっそ異常なほど、そればかりが心中を占めて取り巻いている。このような焦燥感は初めてだった。
不思議と足がすくみそうになるのを堪える。
「で、俺たちが探してるのは沖田総司なわけっすけどどうやって見分けるんです?」
「決まってる。イケメンかどうかだよ」
「う……大丈夫なんすか、それで」
「イケメンじゃない沖田なんてありえない! とにかくまずは新撰組の屯所を探そうぜ」
そんな水鳥の主張と狩屋のやりとりに、やれやれと他の面々が苦笑する。

目の前にあるというのに、その光景にさえ手を伸ばすことは出来ないように感じた。


(19.1.7)


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