重度の捻挫により、しばらくのサッカーは禁止。

そう告げられた時、私は雷門から去らねばならないと思った。
私の役割は雷門でサッカーをし、勝利すること。その役割を果たせなくなったならば、私が雷門に所属している意義は無い。
然るべき処理だ。だというのに、頭でそう認識した瞬間、まるで急に足場を失ったような心地がした。その感覚はひどく空虚で、嫌に自分の心音だけが大きく聞こえる。
牢獄の景色を思い出す。その感覚はあの場所によく似ていた。

「大丈夫! すぐ良くなるって!」

息を飲んだ。
顔を上げると天馬が真っ直ぐにこちらを見ている。
「だから心配しなくてもさ、良くなったらまたサッカーしようよ!」
「……天、馬」
続きかけた言葉は形にならなかった。私の口からはただ呼吸が漏れるだけ。
天馬の言ったそれは、全く、予想だにしていない言葉だったから。
「ワンダバと話し合ったんだけど、未来の治療薬を使ってリファの足を治療していこうと思うんだ。この時代の治療薬を使った処方より治りは早くなるし、リファには元いた時代の薬の方が相性がいいかもしれないからね」
フェイが隣から話しかける。その目と言葉は私を咎めることも、責めることもしない。
フェイだけではない。サッカー棟のロビーに集まった雷門の面々は、皆一様にそうだった。

途端に、身体中の汗腺が開くのを感じる。
もはや思考回路が混線を起こして、分断してしまったかのようにまとめることが出来ない。
驚愕とも、恐怖とも言えない衝動にいっそ体が震えだしそうだった。

貴方は。
貴方たちは私を排斥しなくて良いのか。


思考は運動神経に繋がらず、私の言葉は音にならなかった。
不意に三国の声が耳に飛び込んでくる。
「だが、次のタイムジャンプはどうするんだ? リファは留守番にするのか?」
「いえ、リファはザナークに狙われている以上、残していくのも危険です。先輩達が居るとはいえ、もし誰も居ないところで襲撃に遭えばどうしようもありません」
そう答えたのは神童だった。
処理に追われる頭がその発言の意味を一言ずつ理解して、心臓が軋むような音を立てた。
雷門の面々が同意を示す声が、遥か遠くから聞こえる。
「よし、リファ。タイムジャンプには一緒に来てくれ」
そう言って、天馬が再びこちらを見やる。私は天馬にすぐに応答することが出来なかった。

今の私にサッカーは出来ない。
私は己の存在意義を果たすことが出来ない。
雷門に今の私は不要なはずだ。
それに彼らは言った。
『誰も居ないところで襲撃にあってはどうしようもない』と。
それは即ち、今の私に襲撃を対処するだけの力がないということだ。自分の身すら自分で守れない弱者だということに他ならない。
それは事実だ。なので彼らの結論付けた方針は的を得ている。
だが、それならば何故切り捨てないのだろうか。
己の現在の状況を鑑みても、私は彼らにとって鉄屑も同然だろう。

だというのに何故?

何故彼らは、私(ふようひん)を切り捨てないのか。

「天馬」
その声に、神経が微かな痛みさえ感じたような気がした。
天馬達が声の主、白竜の名を呼ぶ。
彼の声を聞いて耳を塞ぎたくなる、そんな衝動が起こったが、その要因がまるで理解出来ない。
彼は揺るぎのない口調で言った。
「リファの怪我は、俺に責任がある。リファのことは俺に任せて欲しい」
意思を宿した真っ赤な瞳が瞼の下に隠れるのを私は呆然と見ていた。
そして、彼の細やかな髪が重力に従って、地面に向かい垂れてゆく。

彼は天馬に向かって、頭を下げた。


「っ……」

その白竜の姿を見て、心臓の軋む音が確かな痛みに変わる。
刃物を突き立てられたような痛みが、熱が、体の内側を荒らしてゆく。
彼の申し出に矛盾も誤りも何もない。私は白竜が持ちかけた勝負で怪我を負ったのだから、その当人が責任を受け持つのは理にかなう。
けれど私はたった今から叫び出したかった。
何を叫ぶというのか、その言葉さえも見つからないというのに。
どうして、どうして。
思考回路が痛みに塞き止められ、掻きむしられる。やはりまとまることはない。
天馬たちに対して、白竜に対して、そして自分自身のことに対して、頭の中を巡るのは疑問ばかりだった。

「白竜……分かった。リファのこと、よろしくね」
「ああ」


ただ体に罅(ヒビ)が入るような痛みを、私は奥歯を噛み締めて耐えていることしか出来なかった。


[ 25/53 ]



 
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -