次のタイムジャンプへの準備が整うまで、雷門中サッカー部は雷門中学サッカー棟にて練習を行っている。それは本日も例外ではない。
一日の練習を終えれば、みな口々に何かを話しながら更衣室へと戻ってゆく。
その群に混じって、私も更衣室へ向かおうとしたその時だった。
「リファ」
私を呼び止める声があった。
停止して声がした方へ振り返ると、煌々と鋭い眼光が私を射抜く。
そこには真っ直ぐにこちらを見やる白竜が居た。
彼の表情筋は厳しく強ばっており、口は一文字に結ばれていた。
しかし私と目があったのを確認すると、彼はその口を開いた。
「明日、練習が始まる前にここへ来い」
私が応答するよりも先に、彼は言葉を続ける。
「俺と勝負しろ」
「……勝負」
「そうだ。お前を見きわめる為の勝負だ」
「私、を」
『私を見きわめる為の勝負』とはつまり、私の性能を吟味するということだろうか。
それだけならば勝負という形式である必要性は無いように感じられたが、体感が伴った方が良いという判断がなされたのかもしれない。相手の力量を測る為に己の体を持って試すことは私もよく行う事だ。
なににせよ、私には拒否する道理も選択肢もない。
「承知した。貴方の申し出を受理する」
そう答えると、白竜はその勝負を執り行う時刻を私に告げた。
恐らくはサッカー棟には誰も居ない時間だろう。
「では明日、その時間に……待っている」
「確認した」
真隣を束ねられた髪がなびいてゆく。それを追いかけて、横切っていった白竜の背中を見つめた。
『勝負』。おのが性能を競い合い、勝敗を決めること。
挑まれたことは、なかなかにない。
妙に胸がそわつくのは何故だろう。
今からコンディションを整えなければならないと、頭の中で翌日までの行動を計画した。




まるで人気のないサッカー棟は、その広大さもあってか通常よりも無機質に見える。今はピッチに飛び交う声も一切無く。ただ、ある一定の重量を持った空気が漂っているだけだった。
時間通りに足を運べば、白竜は既にピッチの上に立っていた。センターラインを挟み、彼と対峙する。
「よく来たな。逃げ出す臆病者ではなかったということか」
「貴方が来るようにと、そう言った」
白竜の睫毛が瞬く。
「……ふん」
彼の目元が微かに歪んだ。こちらを見下ろす赤い目は、既に私を値踏みしているようだった。
「まぁいい、始めよう。ルールは一対一で相手のゴールにボールを入れた方が勝利だ。必殺技の使用は可能とする」
「分かった」
ゴールキーパーが居ない分、先攻した方が有利だろう。だが白竜はそれを私に譲ると言った。
彼の目的は、私の性能を見ることだ。だからまず私にボールを渡しておくというのは理解出来る。
「準備はいいか」
「問題ない」
仮にも名目は『勝負』だ。力比べとあれば、私も相応に己の能力を発揮せねば成り立たない。
ともかく、白竜に勝利することを目的として設定した。
「……では」
不意に、緊張した空気に痺れるような心地がする。白竜と真っ直ぐに、視線が絡まった。
昨日感じた胸のそわつきが、いま再び訪れていることを知った。
そしてたった今、己の体が熱いことも。

「勝負だ!」

瞬間、ボールを蹴り出す。
足を踏み出すやいなや、白竜がまるで距離などなかったかのように私の目の前に現れた。
ボールのキープ力、および能力のバランスが取れた神童のプレイを『複製』して白竜の猛攻を回避する。
しかし彼は、やはり強い。
抜けようとした方向に瞬時に反応して、ぴったりとマークを外すことがない。フェイントをかけるものの、通用はしなかった。
意識と視神経を集中させて、白竜のほんの隙を探す。胸に手を当てて体内エネルギーをそこへ集めるようイメージした。
そして見つけた僅かな、間。
「アグレッシブビート」
どくんと鳴った心臓の鼓動と同じ速さで、彼の隣を抜けた。
そのままスピードと突破力に長けた天馬の動きを『複製』してゴールへと向かう。
「っさせん!」
頭に直接響くような声で、白竜が唸る。
背後からの猛然とした足音はすぐさま私の前へと回り込んだ。彼の能力ならば、ここで追い付いてくるのは当然だろう。
彼の関節と筋肉の動きを視て、次の手を読む。しかし、その時。
「はぁっ!」
彼の足は私からボールを奪い取った。
思わず、瞠目する。
計算では今の動きで彼を振り切れたはずだった。だというのに、彼は私の計算を上回る瞬発力を見せたのだった。
頭の奥から、震えるような衝動が脳天に駆け上がった。
「っ」
足に力を伝導させ、地を蹴る。
速水の『複製』でスピードを上げて彼の背に追い付いた。
「ディープミスト」
辺りに白い霧が立ち込める。気を集中させて使った霧野の必殺技は、白竜の行く手を阻んだ。
ボールを奪い返し再び疾走するも、もちろん白竜はそれに食らいついてくる。

奪って、奪われて。
白と黒の球がお互いの足の間を何度行き来したのか。最早記憶しておくことさえ出来なかった。
体が熱い。
徐々に胸の奥から、こみ上がってくる熱があった。
脳を、視覚を、運動神経を、複製能力を、私の全てを稼働させてボールを追う。
それ以外の事はどうでも良いとさえ思った。
そうでなくては白竜に勝利することは不可能だと、体の細胞が告げる。


しかし、寸でのことだった。
私は白竜に振り切られてしまった。

「見せてやろう、お前に、真の必殺技を……!」
弧を描くように白竜が腕を振り上げた。光がボールへと集約されていく。
来る。
白竜の右足から発生している莫大なエネルギーが今にも牙を剥かんとしている。
私が今まで見た彼の必殺技とは、また規模が違うものだった。まるで星の誕生を目の当たりにしているようだ。処理を放棄した思考回路に、瞬きさえ失(な)くした目に、圧倒的な光の海原だけが焼き付く。
白竜が叫んだ。

「はあぁぁっ! ホワイトッ、ハリケーン!!」

瞬間。
足元を凪ぎ払われるような浮遊感。
光が目に突き刺さり、目を開けてもいられない。
ピッチに襲いかかる爆風、いや、暴風に吹き飛ばされそうになるのを、全身の力を持って何とか持ちこたえた。
それはまるで、光輝く巨大な竜の如く。
渦巻く光の嵐がゴールをも食い潰さんと突進する。
思考までもが真白く塗りつぶされた。

威力、絶大。
守備、不可能。
複製、間に合わない。


それでも体は風を切って、


「っぁ!」
振り抜いた足にかかる焼き焦がされるような灼熱の閃光。その重量は桁外れで、今にも全てを光の中に消し飛ばさんとする。
迫り来る嵐との対峙。
私はゴール前で白竜のホワイトハリケーンを打ち返さんとしていた。
「っぐ、ぅ……!」
「……! 何……」
ホワイトハリケーンを蹴りつけた右足がガクガクと震える。圧倒的な力との拮抗に体の筋肉が、骨が、細胞が軋んでいる。
流れる汗もそのそばから光の中に焼き消える。
あまりの光輝に目が眩みそうだ。
眼球の奥が、ぐらぐらする。
頭の芯が、千切れそう。
けれど、それでも。
一瞬でも力を抜くわけにはいかない。

「あああああああああッ!!」

体が吹き飛んだ。

しかし白竜のシュートは私のカウンターシュートで軌道が少し変わったらしく、ゴールポストに激突した。
必殺シュートの勢いを失ったボールは高く空中へ跳ね上がる。
「くっ」
ボールを追いかけ、白竜が跳躍する。
勝負は続行している。それならば、私は。
「っ!」
力を入れた右足に鋭い痛みが走った。
歯を食い縛って痛みを堪える。出せるだけの力を込めて、私も白竜を追って跳躍した。


彼より高く跳ばなくてはならない。高く、彼よりも、高く――


しかし、私は寸でボールには届かず。
白竜は空中だというのに見事なフォームでボールを蹴った。
その姿が美しいとさえ感じるほどで、とても煌びやかで。
その瞬間、私は確かに目を奪われていたのだ。


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